創世記 第7〜9章研究解読



第7章7節 7章21節
8章4節
9章2〜6節 9章13〜16節 第9章20〜27節



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1998/12/11  第8章4節 追加
1998/12/11  第7章21節 UP
1998/12/10  第7章、7節 UP



 この地球上最大の災害とも言われる大洪水は、ほんの少しの人々と動物を除き、みな溺れてしまいました。
 これについては様々な考察と推測がありますが、正しい考え方を見つけるにあたって、まず大洪水前の民の状態をよく見る必要があります。彼らの生活は現在の人々からは想像もつかないほど「邪悪」であったということです。自分たちが邪悪であっただけでなく、その自分たちの子孫まで良くない性質や欲望を子供たちに伝えて、同じような邪悪な行為にふけらせようとして育てていたと考えられます。

 前世でこの世に来るために待っている霊たちは、このことを知っていたと思われており、このような邪悪な両親のもとに生まれるということは、当然ながら果てしない困難と不幸と罪とを背負うことになるということもわかっていました。しかし、これは公正なことではないので、神は一人の人を民の中に遣わせて民が悔い改めるよう説得させましたが、効果はありませんでした。結果、助かったのは8人だけとなっています。空には大洪水を告げるしるしがたくさんあったにも関わらず、人々は自分たちのことに夢中で興味を引く対象にはなっていなかったようです。

 なんて無慈悲な神だと思う方もいるはずですが、それは今のある程度安定した社会の中にいて、毎日のように我が身の危険を感じたという経験がないとそう思ってしまいます。これは、邪悪な民についての研究をすると、神による「慈悲」と言うことができます。それは、まだ肉体を受けていない霊たちにとっては公正なことであり、また邪悪な罪を犯している人々にとっても、正しく慈悲深いことです。この民のこの世における生活に終止符を打つことによって、神は邪悪な民の罪を子々孫々にまで伝えて堕落させるのを防ぎ、またさらに邪悪な行為を重ねる事を防いだと言えるでしょう。

 この邪悪が大洪水によって地球上からなくなったということは、地球がバプテスマを受けて清められたと考えることができるでしょう。聖書中の数々の預言書が示しているように、この現世はこれから大洪水前のような状態になってしまうと書かれており、邪悪が蔓延すると再び神の手により地球が清められると思われます。今現在その邪悪による支配は、民の目の付きにくいところで進行しており、日本人については獣の数字666の象徴である「管理番号」がすでにつけられています。その他いろいろな、事件、戦争、気象、天体現象などを見ても、神の介入はそう遠くない時期にあると考えてもなんら異論を唱える人は少ないでしょう。




第7章7節

7節 ノアは子らと、妻と、子らの妻たちと共に洪水を避けて箱船にはいった。


 大洪水の時に彼ら8人は、神に対して忠実であったため救われています。
 しかし、それ以前にも忠実な人々は救われていて、体を変えられて死を味わうことなく天に取り上げられるのは、そう珍しいことではなかったと言われています。それはアダムからメルキゼデクの時代までと言われていますが、それ以降体を変えられるということは、ヨハネのように特別な場合に限られています。エノクの息子メトセラは、エノクの死と共にその体を変えられたのではなく、モーセの書に「主がエノクに立てられた誓約が果たされるため」であり、「主はまことにエノクに、ノアが彼の腰から出る(8章2節)」と書かれています。

 モーセの書第7章27節には、「聖霊が多くの者に降られ、彼らは天の力によってシオンに連れ去られた」と書かれてあることから、エノクの体が変えられてから大洪水に至るまでの700年近くの間に、ほとんどの忠実な人々はその体を変えられたと考えることかできます。




第7章21節


21節 地の上に動くすべて肉なるものは、鳥も家畜も獣も、地に群がるすべての這うものも、すべての人も皆滅びた。


 この個所から言えることは、「地の上」と書いてあり、海の生物には地上ほどの惨劇はなかったものと思われます。よって、未確認の水棲生物がいても不思議ではないということにもなります。大洪水による絶滅は、主に鳥を含めた陸上生物に限られていたとも思われます。しかし、呪いをかけられたカインはこの大洪水を生き延びているはずであり、この現代で目撃されています。




第8章4節

4節 箱船は七月十七日にアララテの山にとどまった。


 聖書からは、2月17日に天の窓と地の淵が破れて、雨が40日降り続いたことがわかっています。
 箱船は7月17日にトルコの北東にあるアララテ山に漂着したと言われていて、5ヶ月の間、神は箱船を目的地に向かって漂流させました。ノアはエデンの園付近で生活していたと思われ、箱船が移動した距離はかなりのものになります。この間に、水没した地表は水面下で幾つかの大陸に分かれる過程であったと言われており、現在の地上における山脈はこの時期にできたものと推測しています。

 実際に、大昔からアララテ山は聖なる山と崇められていて、箱船に関する伝承も昔から語り継がれてきています。
 それに多くの箱船伝承記録が残っている上に、目撃例までもたくさんあります。古いものでは、紀元1世紀頃のユダヤ人歴史家フラビウス・ヨセフスが記録に残しています。それによると、箱船はすでにカスピ海の付近に住むアルメニア人たちの手により発見されていたとされています。その記録の「ユダヤ人の歴史」によると、箱船の一部は今もアルメニアに残されており、麓の人々はその箱船の木切れを持ち帰って魔除けとして使用していると記されています。

 さらには、


この地で箱船の残骸が目撃されているので、アルメニア人たちはここを今も「降望の場所」と名づけているとも記録しています


 一方のダマスカスのニコラウス(紀元1世紀)も、著書の世界史の中にアララテ山の旧名の「バリス」という名で、箱船の伝承を書き残しています。この箱船の事を記述した人の中には、有名な中世イタリアの旅行家「マルコ・ポーロ(1254〜1324年)」もいました。彼が「東方見分録」を出版したのは有名ですが、そのマルコ・ポーロが中国に向かう途中にアララテ山の麓を通った時、地元民たちが万年雪の頂にノアの箱船が存在すると信じているということを記しています。マルコ・ポーロと同時代に、フランスのアヴィニョンに所属していたフランシスコ会修道士オドリクは、実際にアララテ山に赴いて地元民の箱船伝承を詳しく教皇に伝えています。

 17世紀にアララテ山を訪れたドイツ人のアダム・エールシュレガーは、自分が著作した「使節団旅行見分録」の中で、非常に興味深い記述を残しています。アルメニアとペルシャの人々によると、今でも箱船の残骸を手に入れることができるそうですが、それはあまりにも固く、まるで石とかわらなくなっていると記しています。実際にアララテ山で発見される箱船の木々は、すべて石化した状態で見つかっています。

 アララテ山が初めて登頂されたのは1829年のことで、ドイツ人の自然科学者フリードリッヒ・パロットが記録に残る最初の登山者となっています。パロットはアララト山北東斜面から登頂を始めて、途中アホーラ(アルグフリ)村に立ち寄っていて、そこの聖ヤコブ修道院で箱船の木切れから造ったイコン(聖像)を目撃しています。しかしそのイコンと修道院は、それから10年後に起きた火山噴火と大地震でアホーラ村と共に消えてしまいました。

 その後1883年になると、英国大使館員を含めたトルコ政府の調査隊によって、箱船を発見したというニュースが世界中に流れました。度重なる地震によって、多くの村々がかなりの被害を受けたため、政府の調査隊が被害の実態を調査するためアララテ山に登った時に、大きなクレバスの底から箱船らしい巨船の一部が露出しているのを発見しています。しかし、クレバスがいつ崩れ落ちるかわからない状態だったので、調査隊はそのまま戻ってしまいました。

 このニュースは世界中に配信されましたが、創世記をただのおとぎ話としか信用しない新聞社の反対に遭い、世界の反応は冷たいままで終わっています。




第9章2〜6節

2節 地のすべての獣、空のすべての鳥、地に這うすべてのもの、海のすべての魚は恐れおののいて、あなたがたの支配に屈し、
3節 すべて生きて動くものはあなたがたの食物となるであろう。さきに青草をあなたがたに与えたように、わたしはこれらのものを皆あなたがたに与える。
4節 しかし肉を、その命である血のままで、食べてはならない。
5節 あなたがたの命の血を流すものには、わたしは必ず報復するであろう。いかなる獣にも報復する。兄弟である人にも、わたしは人の命のために報復するであろう。
6節 人の血を流すものは、人に血を流される、神が自分のかたちに人を造られたゆえに。


 この聖句は誤解の受けやすいものです。
 これらの記してあることから、動物や鳥、魚等は人間に与えられた食物であることがわかりますが、これら食糧源は浪費するのではなく控えめに用いるように指示しているように思われます。いかなる理由であっても、動物を楽しむのために殺してはならないとも解釈でき、それは肉類を必要以上に食べてしまう事も警告しているようにも見えます。また、人は仲間である人を殺してはならないと命じています。

 ここの部分は4節だけを呼んで解釈しようとしても、ただ迷ってしまうことになるので、2〜6節をひとつとして前後関係を確認しながら読むと理解できると思います。




第9章13〜16節

13節 すなわち、わたしは雲の中に、にじを置く。これがわたしと地との間の契約のしるしとなる。
14節 わたしが雲を地の上に起すとき、にじは雲の中に現れる。
15節 こうして、わたしは、わたしとあなたがた、及びすべて肉なる生き物との間に立てた契約を思い起こすゆえ、水はふたたび、すべて肉なる者を滅ぼす洪水とはならない。
16節 にじが雲の中に現れるとき、わたしはこれを見て、神が地上にあるすべて肉なるあらゆる生き物との間に立てた永遠の契約を思い起こすであろう」。


 大洪水の後に神がノアと交わした契約のしるしで、このような大洪水ですべての生命が滅ぼされることは今後ないということです。この虹の出現する期間は象徴的に言うと、種を撒いて刈り入れをする時であり、夏でも冬でも刈り入れどきがあるということです。神はこの虹を天においているということは、まだ虹が見えているときはキリストが再降臨しないというしるしです。それは、人が成長や経験をつむ期間であって、虹が見えなくなり大災害が起き始めたときにはすでに「終わりの時」が近づいていて、「キリストの再降臨」が近いうちにあるということです。つまり、「虹が見えない」ということは「青空が見えない」ということであって、おそらく天候の悪い日々が続くことを意味しているのではないでしょうか。




第9章20〜27節

20節 さてノアは農夫となり、ぶどう畑をつくり始めたが、
21節 彼はぶどう酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になっていた。
22節 カナンの父ハムは父の裸を見て、外にいるふたりの兄弟に告げた。
23節 セムとヤペテとは着物を取って、肩にかけ、うしろ向きに歩み寄って、父の裸をおおい、顔をそむけて父の裸を見なかった。
24節 やがてノアは酔いがさめて、末の子が彼にした事を知ったとき、。
25節 彼は言った、「カナンは呪われよ。彼はしもべのしもべとなって、その兄弟たちに仕える」。
26節 また言った、「セムの神、主はほむべきかな、カナンはそのしもべとなれ。
27節 神はヤペテを大いならしめ、セムの天幕に彼を住まわせられるように。カナンはそのしもべとなれ」。


 この部分は最も解釈が難しく、また様々な説が語られている所です。ノアの裸とその息子たちの役割が理解できないと感じている人が多いのではないでしょうか。とりわけ、ノアが目を覚ました後、そのときその場に居合わせなかったと考えられるハムの息子(創世記10章6節)のカナンに呪いをかけたというのは、一体どのようなことなのでしょうか。

 回復された教会で神殿に行って儀式を受けたことのある大部分の人は、神殿で立てた聖約の象徴として、アダムとエバの堕落の後に神が2人のために作った皮の衣を表す「ガーメント」というものを身に付けることを知っています(創世記3章21節、モーセ4章27節)。皮でできたガーメントを身に着けているということが、神の権能を身に着けているということであるとする考え方は、古代の文書の中に幾つか見られます。ヒュー・ニブレーという人はこうした古代の書物を吟味して、創世記の語句に暗に与えている意味を次のように書いています。

 「ニムロデは数々の敵に勝ったことを理由に王権を主張した(創世記10章8〜10節)。一方『アダムのガーメント』を所有していることを根拠に自分は神権を持っていると主張した。タルムードでは、ニムロデが全地を支配する権限があると主張できたのも、塔にいて人が彼を礼拝しに来たのも、このガーメントを所有していたためだと断言している。ユダヤ教とキリスト教の外典作者も、このガーメントについては多くを語っている。その一つを引用してみよう。

 『アダムとその妻が園から出るときに神が作られた皮のガーメントは、アダムの死後・・・エノクに与えられた。』

 その後このガーメントは、メトセラ、そしてノアへと伝えられたが、ハムは民が箱舟から出るとき、ノアからこのガーメントを盗んだ。ハムの孫二ムロデは、父のクシからこれを受け継いだ。この衣の『正当の』世継ぎについて、最近発見された極めて古い文書の断片には、


ミカエルが 『エノクの地上におけるガーメントを脱がせ、代わりに天使の衣を着せて』神のもとへ連れて行ったと書かれてある。


 ついでながら、あの偉大なエレアザルをはじめとするラビたちの語り継いでいる盗まれたガーメントの物語は、『欽定訳聖書』の創世記(第9章)の奇妙な物語とはまったく異なった内容である。どうやらラビたちは創世記9章22節の「erwath」という語は、『裸』という意味ではなく、その語源に最も近い『皮のおおい』という意味だと考えていたようである。こう読むと、ハムが父の眠っている間に、父からガーメントを取って、二人の兄のセムとヤペテにそれを見せ、二人がそれをまねた型(salmah)を取ったか、同様に織ったガーメント(simlah)を用意したということになる。さらにそれを肩にかけて、


皮のガーメントを父のもとに返し、目を覚ましたノアは二人の息子には神権を認めたが、ガーメントを奪おうとした息子についてはのろいをかけたということである。」


 以上の結果、ハム自身には神の権能を受ける権利がありましたが、息子であるカナンにはなくなりました。つまり、この権能はハムの血統ではハムで終了することを示しています。(創世記第4章14〜15節



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