創世記 第4〜6章研究解読



第4章2節 第4章4〜8節 第4章14〜15節 第4章17〜22節
第5章22〜24節 第5章27節
第6章1〜2節 第6章3節 第6章4節 第6章6〜7節 第6章8節 第6章10節
第6章11〜13節 第6章14〜16節



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2005/ 6/15  第6章10節 追加、第4章14〜15節 UP、第6章4節 追加
2005/ 6/12  第4章17〜22節 UP
2004/ 6/27  第6章14〜16節 UP
2004/ 6/26  第6章10節、第6章11〜13節 UP
2004/ 6/16  第4章2節 UP
2004/ 3/ 8  第6章3節 追加
2000/ 6/19  第6章1〜2節、第6章4節 UP
1998/12/28  第5章22〜24節、第5章27節 UP
1998/12/ 9  第4章4〜8節、第6章8節 UP
1998/12/ 8  第6章3節、第6章6〜7節 UP




第4章2節

2節 彼女はまた、その弟アベルを産んだ。アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。


 聖書の中で最初の殉教者となったアベルについては、カインの弟であること、神に正しい供え物をしたこと、カインに殺されたこと、アベルの血が土の中から叫んだことといったわずかな情報しか載せられていません。しかし新約聖書の時代になってパウロ旧約聖書に記されている以上のことを述べました。ヘブル人への手紙第11章4節にはこのように記されています。

 「信仰によって、アベルはカインよりまさった
いけにえを神にささげ、信仰によって義なる者と認められた。神が、彼の供え物をよしとされたからである。彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている。」

 一見するとパウロが信仰について論じるために、アベルを例として取り上げているだけのように見えますが、ここにはパウロしか知らないことがかかれてあります。最大の疑問点は、パウロが「彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている」と言っている部分です。これはアベルの信仰の強さはパウロの時代にも十分良い例として挙げる事ができる、という意味合いも含みますが、言葉通り信じるとすればアベルについてさらに情報を得ることができます。パウロの語っている内容とは、


義人として死んだアベルはキリストの復活の後に自らも復活して天使となり、パウロのもとに送られて神の奥義を授けつづけている


というものです。アベルについての言及はパウロ以外にはほとんどないので、ヘブル人の手紙の内容は、


「アベルが語ったことを誰かに聞いた」のはではなく、パウロが「アベルが語っているのを見た」


一つの証拠となるものです。また預言者に与えられた啓示には、キリストが墓にいた間に霊界を訪れた時には、アベルが霊界でキリストの訪れを待つ義人たちの中にいたことが示されています。古代の義人や族長が復活したことは、マタイによる福音書で述べられているので、アベルがパウロに現れたときは復活した肉体をまとっていたと考えることができます(マタイ27章52節)。





第4章4〜8節

4節 アベルもまた、その群れのういごと肥えたものとを持ってきた。主はアベルとその供え物とを顧みられた。
5節 しかしカインとその供え物とは顧みられなかったので、カインは大いに憤って、顔を伏せた。
6節 そこで主はカインに言われた、「なぜあなたは憤るのですか、なぜ顔をふせるのですか。
7節 正しいことをしているのでしたら、顔をあげたらよいでしょう。もし正しい事をしていないのでしたら、罪が門口に待ち伏せています。それはあなたを慕い求めますがあなたはそれを治めなければなりません」。
8節 カインは弟アベルに言った、「さあ、野原へ行こう」。彼らが野にいたとき、カインは弟アベルに立ちかかって、これを殺した。


 ここでの供え物として出さなければならないのは、キリストの血を流すという象徴を表わす動物でなければいけません。
 アベルは信仰をもってこれを理解し、いけにえを捧げましたが、カインは信仰を持てず、また理解もしないで地の産物を捧げていて、神から拒否されています。この犠牲は、神が供えた犠牲(独り子)をはっきりと認識させる予表として制定されており、それゆえに、これに反するような犠牲を供えても、何ら信仰を表わすことにはなりません。何事にもあれ、信仰によらないものは罪であると言われています。その一方でアベルは神に提示された受け入れられる犠牲を捧げて、それによって「義なる者」と認められています。

 確かに、単に動物の血を流すのは人にとって何の益もありませんが、重要なのは、それが神自身が捧げる供え物にならって、そのひながたとして象徴され、理解されるということです。この象徴とは、何千年も後に来るキリストの犠牲を表わしていて、ただひたすら信仰を持ちつつ、人類の贖いの業の象徴を後世に伝え残すことにあると見てもよいと思われます。

 神は、カインの供え物を受け入れませんでしたが、カインを見捨てたわけでもなく、カインが危険な方向に向かっていることについて警告をしています。カインの反逆が決定的になったのは、そうした助言を無にした後と言われており、モーセの書には「カインは憤って、もはや決して主の声にも・・・弟アベルの声にも耳を傾けなかった(5章26節)」と記録されています。

 7節の内容はまだはっきりしていませんが、カインが悔い改めなければサタンを支配することになると警告しているようです。アベルはすぐに殺されたのではなく、神の助言に耳を貸さなかったカインがサタンと直接に言葉を交わしており、そのサタンからアベルを殺す方法を吹き込まれています(モーセの書5章28〜31節)。サタンは、カインを徐々に滅びへと誘い、追い込んで、やがてカインは「自分の悪事を誇った(同31節)」という状態になっていき、弟であるアベルを殺したのはこの時であると考えることができます。




第4章14〜15節

14節 あなたは、きょう、わたしを地のおもてから追放されました。わたしはあなたを離れて、地上の放浪者とならねばなりません。わたしを見付ける人はだれでもわたしを殺すでしょう」。
15節 主はカインに言われた、「いや、そうではない。だれでもカインを殺す者は七倍の復讐を受けるでしょう」。そして主はカインを見付ける者が、だれも彼を打ち殺すことのないように、彼に一つのしるしをつけられた。


 人類最初の殺人者となったカインは、地上の放浪者としてさ迷い歩くように定められました。神は彼が殺されることのないようにと、一般の人にも明らかにカインであると分かる特徴を彼に与えて、アダムたちが住んでいた場所から去らせてエデンの東にあるノドの地に送ります(16節)。カインはノドの地にひとりで行ったのではなく、妻と多くの兄弟たちとともに移住していたことがモーセ5章41節に記されてあります。

 カインは、神によってカインであることがわかるしるしを付けられました。これはモーセ7章22節の記述により、肌の色に関するものであることがわかります。よって黒い肌を持つ人はカインの末裔であると定義する人も多く見受けられますが、本当にそうでしょうか。その根拠は色々ありますが、ノアの息子ハムが犯した罪よってセムの奴隷となるようにと宣告を受けたことが最も大きい理由の一つであり、今日まで奴隷として虐げられてきた人のほとんどは黒人であるからでしょう。ハムの罪は創世記9章25〜27節に記されており、ノアの持つ神の権能はハムの子孫に与えられなかった事が書かれてあります。これはアブラハムが書いた記録にもあって(アブラハム1章26節)、そこにはハムが呪われたのはこの権能の保持に関するものであることが書かれています。


ハムはこのことで呪いを受けて肌が黒くなったという記載は聖書のどこにもありませんし、またそれ以前に、ハムはカインの血統であるということも書かれていない事実です


 肌が黒ければカインの末裔であるという考えもよく考えると無理があるものです。直射日光がきつい環境で肌が黒いのと、神の呪いよって黒くなったのとでは意味が全く違うもので、同一と考えるのは誤りである可能性が強いと考えられます。

 また今日、黒い肌を持つエチオピヤの人々は、人種的にはコーカソイドという白人種であることが判明しています。専門的見解には様々な説があって一概に言えませんが、ハムの系統であるから黒人であるとはいいきれないようです。白人でも肌の色が黒くなる事例のひとつでしょう。ノドの地にカインたちが導かれたのは、アダムに属する人々との明らかな「分離」であったことがモーセの書に記されています(モーセ7章22節)。ここから推測できることは、


地理や気候によって肌の黒い人は太古からいたが、カインのしるしである色の黒さとは全く別な「黒さ」であることです


 カインのしるしとは、現代人には見られない何か特別なしるしであるのかもしれません。





第4章17〜22節

17節 カインはその妻を知った。彼女はみごもってエノクを産んだ。カインは町を建て、その町の名をその子の名にしたがって、エノクと名づけた。
18節 エノクにはイラデが生れた。イラデの子はメホヤエル、メホヤエルの子はメトサエル、メトサエルの子はレメクである。
19節 レメクはふたりの妻をめとった。ひとりの名はアダといい、ひとりの名はチラといった。
20節 アダはヤバルを産んだ。彼は天幕に住んで、家畜を飼う者の先祖となった。
21節 その弟の名はユバルといった。彼は琴や笛を執るすべての者の先祖となった。
22節 チラもまたトバルカインを産んだ。彼は青銅や鉄のすべての刃物を鍛える者となった。トバルカインの妹をナアマといった。


 ここはカインの系図が記されている場所です。またアベルの系図にあるエノクとカインの息子エノクは、どちらも町の名前としても記されているのでよく混同される部分でもあります。このふたつの町の違いは当然ながら全く別人の町であることと、アダムの子孫エノクは自分で建てた町に対してカインの息子エノクは、父カインが創った町の名を息子エノクの名にしていることです。時代も全く違っており、カインの息子エノクの町の方が古く、アダムの子孫エノクの町はこれより500年ほど後にできた新しい町です。

 ヤバルやユバル、トバルカインはカインから7代目の子孫ですので、カインの子孫の寿命とアダムの子孫の寿命が同じようなものであれば、アダムの子孫ヤレド(6代)やエノク(7代)、メトセラ(8代)といった人々の時代に当たるでしょう。また、カインから生れた息子はエノクだけではなく、名が記されていないだけで多くの子供が存在していたことはほぼ定説となっています。カインの子孫が、アダやトバルカインまでしか記されていない理由は明確になっていません。考え方としては、彼らを最後にして大洪水により滅んだのか、大洪水が起きた時代では彼らがカインの血統を受け継ぐ最後の族長であったために名を記された、など幾つかの推測が考えられます。







カイン




エノク
イラデ
メホヤエル
メトサエル
アダ
レメク
チラ
ユバル 兄弟 ヤバル
トバルカイン




5章22〜24節

22節 エノクはメトセラを生んだ後、三百年、神とともに歩み、男子と女子を生んだ。
23節 エノクの年は合わせて三百六十五歳であった。
24節 エノクは神とともに歩み、神が、彼を取られたので、いなくなった。


 セツの子孫のエノクが召されたのは、アダムから4世代後の500年ほど経ってからです。彼は偉大な預言者であり、宣教師であり、改革者となりました。エノクの使命は、肉欲に従って非道を繰り返す人々に向かって、悔い改めを説くことにありました。モーセの書によると、カインの末裔とそれらを擁護する集団に従う者の数が増えて、カインから5代下った時代では暴虐が地に満ちていたからです(5章28〜31節)。その当時神の子たちは「人の子」たちとは決別していて、その先祖であるイノスの息子の「カイナン」にちなんで名づけられた「カナン」という新しい地域に住むことを余儀なくされていたようです。

 この「カイナン」はモーセの書7章6〜10節にでてくる「カナン」の邪悪な民ではありません。
 邪悪に対して、召しに従って行動したエノクは成功をおさめています。エノクは「シオン」すなわち「心の清き者」と呼ぶ義人の文明を建設することができたといわれています(モーセ7章18節以降)。エノクの教えた内容には重要な点があり、聖典の他の場所では扱っていない事柄が7つ含まれています。


人の堕落とその結果
救いの計画とその手だて
当時見られた邪悪の中の罪と、対照的なエノクに従う敬虔な人々
このあとに起こるノアの大洪水の原因と目的と影響
サタンの勝利の全貌とそれに伴なう神の悲しみ
メシヤの降臨
メシヤの再降臨と平和な福千年の統治


 エノクの教える福音の考え方は、詳細にわたって入念に研究する価値があります。この偉大な人物については、新約聖書ユダ14〜15節。や、ヘブル11章5節に書かれてあります。




第5章27節

27節 メトセラの年は合わせて九百六十九歳であった。そして彼は死んだ。


 創世記のこの部分に記された族長の記録を丹念に読むと、メトセラが大洪水の年に死んだことがわかります。何故メトセラがノア箱船の中に加えてもらえなかったのかという点については、彼が悪人だったからだとする説がありますが、それは短絡的な考えです。モーセの書には、このメトセラの登場する部分に義人の族長たちの系譜が書かれており(モーセ6章)、メトセラもそのひとりとなっているからです(6章23節)。モーセの書8章3節からは、メトセラがエノクの町と共に天にとり上げられなかったのは、その血統が絶えないようにするためだということがわかります。

 またメトセラは、自分の子孫からノアを通してすべての諸国民が生まれ出ると預言しています。それにメトセラは、委ねられた業を負えた時に天に取り上げられた可能性があります。というのは、エノクの町が天に取り上げられてから大洪水までの700年近くの間に、義しい聖徒たちはその身を変えられてエノクの民に合流していると考えられるからです(モーセの書7章27節)。ほとんどの聖書学者は、メトセラという名前は「投げやりの人」あるいは「やりの人」という意味だと考えていますが、彼の名前はもっと将来を暗示するものであったと思われます。

 メトセラは大洪水の始まるその年まで生きていて、彼の名前は将来のことを暗示する名前であることをふまえると、「メスゥ」というのは、「彼は死ぬ」という意味になり、セラにあたる「シャーラフ」というのは「神は送られる」という意味になります。これはいかにも、メトセラが死ぬと不信心な世を水に沈めて清めるために、すぐにも大洪水が起こるということを、神が人々に知らせようとしていたかのようです。これが正しいとするならば、この「メトセラ」という族長の名前には「慈悲深い警告」が含まれていたことになります。




第6章1〜2節

1節 人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生まれた時、
2節 神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。


 ここで言われている「神の子」というのは、アダムが属する教会の人々であり、「人の娘たち」とは、それに属さない人々のことと考えられています。しかしモーセの書では、「これらの人が地の面に増え始め、娘たちが彼らに生まれたとき、人の子らはこれらの娘が美しいのを見て、自分たちの選んだ者を妻とした。」とあって、事情が逆転しています。つまり、人の子たちと結婚し始めていたのは、神の子たちの娘、すなわちノアの親族の娘たちであって、これが神の怒りを買ってしまっています。彼女たちはアダムの教会の男性よりも、教会に属さない男性に嫁いでいきました。

 こうしてこの娘たちは、ノアの教えや神の意志に反して、自ら神の権能を自分の子供たちに与えるという機会を断ち切ってしまいました。その結果、神の恵みをもたらすことができなくなり、これらが地に暴虐を蔓延させる原因ともなっています。

 これについてある教会指導者は次のように警告しています。
 「パウロコリントの人々に向かって次のように言っている『つり合わないくびきを共にするな。(第2コリント6章14節)』。おそらくパウロは宗教的な違いは根本的な違いであることを理解するように望んでいたのであろう。宗教的な違いは広範囲な争いを暗に示している。教会に対する忠節と家庭に対する忠節が衝突するのである。子供たちは何が正しいのかわからなくなるような生活を送ることになる。非教会員の中にも教会員と同じように明るくて、よくしつけがされており、魅力的で、非常に気持ちの良い性格の人がいる。

 しかし、共通の信仰がなければ結婚生活の前途には厄介なことが待ち受けているのである。例外もあることはあるが、通常は無情で不幸な結果を招いている。この教義には、偏見も先入観もない。ある道に従って歩んでいけば、その終点に到達するというだけのことである。」




第6章3節

3節 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。


 この部分は一般的に、大洪水の後の人間の寿命が短くなることを預言したものと考えられています。しかし、この120年というのは、使徒パウロが「神が寛容をもって待っておられた(1ペテロ3章20節)」と言ったその期間のことです。これはモーセの書にも書かれてあり(8章17節)、


120年とは大洪水が来る前にノア悔い改めを説いて、世の人々を救おうとした期間


のことを指し示しています。民はノアの説いた福音の原則と儀式を拒んだため大洪水で滅ぼされ、神は民が悔い改めるのを、十分すぎるほど待っていたことになります。この120年の間に暴虐が満ちて、人も動物も滅ぼされることになりました(第6章11〜13節)。

 ノアは洪水後350年生きており、洪水後に生まれた子孫は、アルパクサデ438歳、サラ433歳、エベル464歳、ペレグ239歳、リウ239歳、セルグ230歳、ナホル148歳、テラ205歳、アブラハム175歳と皆120年以上生きています。現在の人の寿命が120年にとどかなくなっているという理由で、この3節を挙げるのは誤りであると言えます。




第6章4節

4節 そのころ、またその後にも、地にネピリム(ネフィリム)がいた。これは神の子たちが人の娘たちのところへはいって、娘たちに産ませたものである。彼らは昔の勇士であり、有名な人々であった。


 このネピリムはモーセの書に少し書かれてあります(モーセ8章18節)。それによると、ネピリムとは巨人の種族のことであって、邪悪な人々であったことがわかります。この巨人については、創世記10章8〜9節、民数記13章33節、ヨシュア記17章15節に記されてあり、サムエル記上17章4〜7節には有名な、ダビデに倒された巨人ゴリアテの話があります。ネピリムは、見つかっている化石などからヒト型巨大類人猿「ギカントピテクス」や、ジャワ島で発掘された「メガントロプス」である可能性もあります。歯やあごの化石からは身長が4mにまで達するという見解を出す人もいます。

 また、オーストラリアで発見された足跡の化石の大きさは、長さ62cm、幅36cmのものが記録されました。原住民アボリジニの言い伝えでは、この巨人との戦いがあったことを子孫に伝えており、実際に4mもの巨人がいた証言の一つとなっています。こちらの方がネピリムに近い存在かもしれません。

 第6章3節で解説した通り、この時代の神の子であるアダムの教会の人々は、サタンの誘惑によって堕落の一途をたどって行きました。注目点は、「そのころ、またその後にも」と記されている部分です。そのころ、という時代は前後の文から考えるとアダムが生れてから1500年ほど経った時代を指していると考えられます。3節の120年は大洪水までの残された期間を示しているので、3節はノアに言われた言葉となります。つまり、大洪水の120年ほど前には既にネピリムが存在していたことを示しています。興味深いのは1節から始まる文で、神の民が堕落した人の子と結婚していたことが記されている部分です。

 「娘たちが美しい」とあるのは、何か優れた遺伝子を持っているような印象を受けます。神の律法に従って生活する人は身体にも祝福があります。その結果が「美しくなる」ことであったのでしょう。ただ、外見だけが美しいと判断されていたかどうかは定かではありません。この頃は暴虐が満ちてきた時代であって、あらゆる忌まわしい行いが堕落した民衆の中で行われてきました。11節の解説でもあるように、人々はおそらく禁じられていた生命の秘密を悪用し、様々な実験をしていたと考えられます。モーセ5章52〜53節にはこのようにあります。


彼らの業は忌まわしいものであって、すべての人の子らの中に広がり始めた。それは人の息子たちの中にあった。人の娘たちの中では、これらのことは語られなかった。レメクがその妻たちにその秘密を語り、彼女たちが彼に背いてこれらのことを広く告げ知らせ、同情を寄せなかったからである。


 レメクはカインの血を引く者で、カインよりさらにサタンに傾倒していった者です(モーセ5章47〜50節)。彼は大いなる秘密の主とも呼ばれていました。レメクの妻たちが、自分たちの王であるレメクさえ忌み嫌ってこの秘密を隠したのは、女性だけに関わる何かがあったからでしょう。それは出産に関わるものであったかも知れません。巨人ネピリムは神の子から生れました。考えられることは、神の民の優れた遺伝子を操作し、自分たちに有益となるような存在を彼女らに産ませたということです。その秘密があまりにもむごいものであったために、レメクの妻たちは自分の娘に知らせなかったのでしょう。しかし邪悪が蔓延るにつれて秘密は暴かれ、やがて公然と行われるようになり、巨人の数が次第に増えていったとも考えられます。

 これら巨人については創世記よりモーセの書の方が情報量としては多くあります。創世記ではネピリムの台頭はノアの時代のように見えますが、モーセの書では義人エノクの時代からこのような巨人がいたことが記されています(モーセ7章14〜16節)。そこにはエノクの時代にひとつの陸が海から誕生し、巨人たちはその陸に上がったことが記されています。ひとつの可能性として、この大陸がオーストラリア大陸であった場合、発見される大きな石器や足跡化石は、この記述が裏付けているのかもしれません。

 このネピリムとダビデが倒したゴリアテとは(サムエル17章4〜7節)、よく同じ種類の巨人と見られがちですが、ゴリアテに関する聖書の情報ではゴリアテをネピリムの子孫であると決定する根拠は見つかっていません。ゴリアテがネピリムなら「ネピリムのゴリアテ」と記すことが考えられます。ネピリムは、レメクの妻たちが伝えなかった秘密の業によって神の子たちから生れた、それで彼らは「ネピリム」と呼ばれているのでしょう。このような観点から考えた場合、ゴリアテとネピリムは直接の関係はなく、まったく別のものであるという考察を視野に入れるのもよいかもしれません。




6章6〜7節

6節 主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め、
7節 「わたしが創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも。わたしは、これらを造ったことを悔いる」。と言われた。


 この部分は非常に重要なところです。
 あきらかな聖書の矛盾がここにあり、「主は地の上に人を造ったのを悔いて(創世記6章6節)」とありながら、「神は人のように偽ることはなく、また人の子のように悔いることもない(民数記23章19節)」とあります。これは、無知な翻訳者、不用意な筆記者、腹黒い意図を持つ堕落した聖職者たちが犯し続けてきた間違いの結果であると言えます。

 これに対する正確な解釈は、神が地の上に人を造ったのをノアが悔いて・・・とするのが良いと思われます。




第6章8節

8節 しかし、ノアは主の前に恵みを得た。


 このノアという人物について深く考えた場合、どうも新約聖書中に登場する天使に関係があるという可能性が出てきます。エライヤス(エリヤ)という名前は、「先駆者」という意味です。この地上において先駆者と呼ぶのにふさわしい人は何人かいますが、旧約聖書においては、最初はアダムであってその次がノアです。ノアは大洪水という激変の結果、新たに創造された地球の先駆者です。新約聖書における先駆者とは、エリヤと言われた「バプテスマのヨハネ」と、「イエス・キリスト」であり、そのヨハネとキリストには誕生する前に「ガブリエル」という天使がこの世に現れています。

 アダム(肉体の人)とミカエル(霊体の人)は、「神の形に・・」とか「神のごとき者」などの両者の言い表し方などから考えると、同一人物であると見ることができます。アダムはミカエルであることから、先駆者としての任務を遂行していくのは、ノアであってもよいと見ることができます。つまり、ノアはエライヤス(先駆者)としての任務を旧約時代から行っていて、重要な時に現れていると言っても不都合はないでしょう。

 これらのことをふまえて考えると、ノアはガブリエルであると言うことになります。1800年代にもガブリエルが現れたという報告があります。中世の聖書画家が描いているガブリエルは女性になっていて、絵画としての価値はありますが、ガブリエルが女性というのは根拠がないように感じてしまいます。




第6章10節

10節 ノアセムハムヤペテの三人の子を生んだ。


 ノアの息子たちの名を挙げるときは、一般的に創世記の記述に従って、セム、ハム、ヤペテの順番となっています。しかしモーセの書第8章12節によると、


ノアは四百五十歳でヤペテをもうけ、42年後にヤペテの母によってセムをもうけ、五百歳のときにハムをもうけた。


と記されており、3人の息子の内最初がヤペテ、次にセム、最後がハムになっています。何故違いがあるのかはよく分かっていません。

 この3人の息子は人種的な先祖であるとも言われています。簡単に言うとヤペテは白人種、セムは黄色人種、ハムは黒人種であると一般的に言われ、多くの人がそれを受け入れています。では色が黒ければ全てハムの子孫なのでしょうか。同様にヤペテやセムもそうなのでしょうか。カインが神につけられたしるしとは単純に肌が黒くなったということだけでしょうか。最近の研究は一概にそうとはいいきれない証拠が挙がってきています。アフリカの国ルワンダを例にとって考えてみましょう。

 この国は人口が約820万人、住んでいる人々はフツ族が84%,ツチ族が15%,トワ族(ピグミー)が1%住んでいるとされています。トワ族を除いてツチ族、フツ族共に外見的、民族的にほとんどいっていいほど違いがないと言われています。しかしながら最近の研究によると、北と東からルワンダに入ってきたナイロート系のツチ族というのは、人種的にはコーカソイド(白人)という判断がされています。つまり、ツチ族はヤペテの子孫であることを意味しています。一方フツ族の起源はネグロイドであり、こちらハムの子孫であるとの研究結果が出ました。外見的に差のない人々が、実は2つの人種に分かれていたことになります。この研究結果が正しければ、ヤペテ=白人、ハム=黒人という判断は誤りである可能性が高くなります。

 これから言えることは、人間の肌の色というのは民族の持つ遺伝的な要素ではなく、環境に応じて刻々と変化を遂げるものであるということでしょう。とすれば大洪水以前の人々の中にも普通に肌の黒い人がいてもおかしくはないわけであり、カインがつけられた肌のしるしとは、黒人とはまた違った色を付けられた可能性が出てきます。また大洪水後は地球の環境も激変し、それまであった厚い雲の層が剥ぎ取られて強い直射日光にさらされるようになりました。これも肌を黒くする要因でしょう。ルワンダの人々を見る限り、ヤペテ=白人、ハム=黒人という説は成り立たなくなってきます。




第6章11〜13節

11節 時に世は神の前に乱れて、暴虐が地に満ちた。
12節 神が地を見られると、それは乱れていた。すべての人が地の上でその道を乱したからである。
13節 そこで神はノアに言われた、「わたしはすべての人を絶やそうと決心した。彼らは地を暴虐で満たしたから、わたしは彼らを地とともに滅ぼそう。


 ノアの時代には、後に大洪水で人々が滅ぼされるほどの、いまだかつてなかった暴虐が地に満ちたことが記されています。聖書の記述は非常に簡略化されているので、一体どのような暴虐が満ちていたのか正確に知ることはできなくなっています。7節には「人も獣も、這うものも、空の鳥までも」と記されているので、海に生息する動物以外は、何らかの暴虐が地上の動物界に蔓延したと推測することもできます。つまり、


大洪水で地上の動物を死滅させなければならない事態が、地球上の至る所で発生していた


ことを示しています。ここで考えられるのは、何故の支配下に置かれている動物界までもが、「人の悪(5節)」によって滅ぼされなければならなかったのかということでしょう。この暴虐が満ちた期間は、神が「120年(第6章3節)」と宣言した期間ですが、実際に暴虐がひどくなったのはもっと短かい期間であると考えられます。人が暴徒化したのなら、全能である神は人だけを滅ぼすことも可能なはずであって、それが動物にも及ぶのは神の性質から言えば理にかなったことではありません。それに、動物界の暴虐ならある程度の期間があれば、自然淘汰が進んでバランスが保たれるはずです。おそらくここに、数千万年前に絶滅したと言われる「恐竜」のなぞが隠されているのではないでしょうか。(恐竜年代測定の大崩壊

 周知の通り、古代文明は現代科学では説明することのできないものが多く、全くの謎に包まれています。目にすることができるのは巨石建造物がほとんどで、現代科学のような道具や器具といったものはほとんど見当らないため、生物化学的な進歩は無かったとするのが一般論ですが、それは現代人の勝手な推測によるものです(進化論)。ピラミッドの造り方や紀元前から見つかっていた南極大陸の謎など、解明できていない事柄が多くあるにもかかわらず、現代人は勝手な解釈で物事を片付けようとする傾向があります(ヨシュア記第10章10〜14節)。しかし、そのような自己中心的な考えを捨てて、あらゆる可能性に目を向けることができれば、新しい発見をすることが可能です。現在の発見された物理法則なども、発見されるまでは存在しないものとして闇に葬られてきました。

 そこで古代人の文明について否定され続けている、「生物化学的進歩」について聖書学的見地から考えてみましょう。前述した通り、神は邪悪な人々と共に地上の動物を滅ぼすことにしました。しかし、善人であったノアの家族と、地上のすべての生き物は大洪水から逃れさせています。もし恐竜が「神の造った動物」であるならば、箱舟に乗せられてこの大災害を乗り切り、現在も地上で生活しているはずです。しかし、一部の巨大水棲生物以外はほとんど目撃されていないので、文字通り滅亡したと考えられます。それに、恐竜の種類は相当に多くあり、いくら箱舟が大きかったからと言って「すべての生き物(19節)」を載せるのは、たとえ恐竜を子供の時の小さい状態で箱舟に乗せたとしても、それは不可能であると考えるのが妥当でしょう。

 それらから言える事は、


ノアが箱舟に乗せた動物というのは神が創造した動物であって、恐竜は道を外した人間たちが、遺伝子操作によって創りあげた動物の可能性がある


というものです。恐竜は人間の手によって、動物界に蔓延した暴虐のもとであったと考えることができます。古代人が遺伝子に関する知識を持っていたのをほとんどの人は疑問視していますが、古代から伝わるある2つのシンボルマークが、その疑問を解く鍵となっています。それは紀元前3000年頃から古代エジプトで、護符や魔よけとして使用されていた「アンク十字」と「ジェド柱」と呼ばれるエジプト固有のマークです。

 アンク十字の形は、十字の頭部と横棒に円をつけた形のもので、現在もこの十字によく似たものが、中近東や東欧で広く使われているキリスト教東方正教会の「正教会十字」として見られます。この十字には意味不明の奇妙な斜め棒線が付けられているのが特徴となっています。驚くことにこの「斜め線のある円のついた十字」は、1965年に解読された遺伝子中の核酸の1つを表した「転移RNAの平面模式図とそっくり」であり、似すぎていると言ってもいいほどに奇妙な類似性を見せています。

 もう1つの「ジェド柱」は、地上に垂直に立てられた柱に4つの円の中心を貫通させた形を取っています。この形は2重螺旋の回転構造を横に見た形、つまりDNAを横から見た形であって、4つの円とはDNAを構成している2つの鎖をつなぐ「4種類の塩基に対応している」という驚くべき符合が見られています。これら2つのシンボルマーク、


アンク十字とジェド柱はRNAとDNAを表した、太古から伝わる生物の遺伝子に関する知識


である1つの大きな証拠になるものです。現在紹介されているDNAの分子構造図は、ジェド柱とあまり似ていませんが、この構造図も模式図であるので実際には現実そのままではないものです。ジェド柱の重要点は、DNAとの構造要素が合致しているところにあります。それらから考察すると、


絶滅した恐竜たちとは、神の認めない遺伝子操作によって古代人たちが作り出した動物であり、その抑制が効かなくなって地上の生物界全体が暴虐に満ちたことにより、神の手で滅ぼされた動物である


と推測することができます。おそらく人間の遺伝子にも手が加えられ、様々な生体実験が行われたことでしょう。

 エジプトハムの子孫が創った都市なので(創世記第10章)、遺伝子とはどのようなものかを知っていた先祖ハムは、子孫に生物の基本構図であるDNAとRNAを教え、それがアンク十字とジェド柱として後世に伝わったと考えることができます。ハムが遺伝情報の基礎を知って後世に伝えたということは推測できますが、生物の遺伝子を操作する方法まで伝えたのかは分かりません。しかし、現在では遺伝子の組換えを世界各国が公然と行うようになり、様々に応用することによって、自然界では存在しない食品が販売され、生物実験が行われるようになっています。これを1つの生物界への暴虐とすれば、


大洪水で滅ぼされた時代とキリスト再臨前の激変を待っている現在とでは、非常によく似た社会情勢になりつつある


と見てもそれほど外れた考えではないでしょう。




第6章14〜16節

14節 あなたは、いとすぎの木で箱舟を造り、箱舟の中にへやを設け、アスファルトでそのうちとそとを塗りなさい。
15節 その造り方は次のとおりである。すなわち箱舟の長さは三百キュビト、幅は五十キュビト、高さは三十キュビトとし、
16節 箱舟に屋根を造り、上へ一キュビトにそれを仕上げ、また箱舟の戸口をその横に設けて、一階と二階と三階のある箱舟を造りなさい。


 箱舟とは、ヘブライ語で「箱」あるいは「容器」という意味です。聖書の他の部分では、幼な子モーセナイル川に浮かべられた時の防水性の「かご」という意味で使われており、どちらも「水から守る」ことが興味深い符合となっています。この箱舟は航海するのが目的ではないので、航行に必要な帆や舵といったものは装備されておらず、浮かぶのが主な目的であるため大きく造ることができました。大きさは1キュビトを46cmとすると、長さ137m、幅23m、高さ14mほどになります。最近の研究結果では、箱舟といっても「箱型」ではなく、船の両端が波を回避するために先が細くなっており、現在の漁船にも見られるような、先端が甲板の高さよりも高い構造となっていました。(発見された2つの箱舟




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