士師 概略表


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2004/ 4/19  士師概略表 UP
2004/ 3/27  序文追加
2003/12/17  序文追加


 士師記はヨシュアの死からサムエルの誕生に至るまでのイスラエル人を扱ったものです。
 第1〜3章は士師記全体について書かれてあって、イスラエル人が敵をことごとく追い出すことをしなかったために、信仰の喪失、不信者との結婚、偶像礼拝という結果を招いてしまったことが説明されています。
 第3〜5章には、イスラエルをカナン人から救ったデボラバラクの話が記されています。
 第6〜8章は、祝福を受けてイスラエルをミデアン人から救ったギデオンの話です。
 第9〜12章には、主に背教と抑圧の下でイスラエルの士師として働いた人達の話が載せられています。
 第13〜16章には、最期の士師サムソンの隆盛と衰亡が描かれています。
 第17〜21章は付録に相当するもので、イスラエルの罪の深さを明らかにしています。




 ヨシュアと、彼に仕えたイスラエルの指導者の死と共に、イスラエルの民の連帯感も滅びました。それに取って代わったのが部族意識です。その部族相互の助け合いがなくなり、各部族が自分たちだけの力を頼みとするようになりました。ヨシュアの時代の人々は神に忠実でしたが(ヨシュア24章31節)、間もなく次の時代になって、霊的な背教が起こります(士師2章10、12節)。このような背教が起こらなければならない理由は何もなく、はイスラエルを約束の地に導いた後に、政治的な意味合いを持つ聖約を彼らと交わしました。それは、神自身が王となり、地上における指導者が統治権を持つ判士を任命して、民はその判士たちの下に、宗教と政治的自由を受けるというものでありました。

 イスラエルの民が交わしたこの政治的な聖約は、神の慈悲と忍耐強さが表に出たものであり、イスラエルの統治形態としては最高のものとなるはずでした。しかし、聖書、真鍮版、外典等からも推察できるように、この理想的な政治体制が円滑に機能するためには、判士たちの統治の下に、民が神とその戒めに対して忠実さを示す必要がありました。判士たちが統治していた時代、イスラエルは総じて聖約を守らず、この政体は機能しませんでした。そして、イスラエルは神の恵みの中から落ちていきます。

 士師の統治期間は多くの点において、キリスト来臨以前の真鍮版の民の歴史と酷似しています。それは、


背教と悔い改めの絶え間ない循環です。


 彼らが敵の圧迫を受けたのは、ほかでもなく神に背いたからであり、決してそれ以外の理由ではありません(士師2章14〜15節)。しかし、抑圧と戦争の悲しみの中から、民が神に助けを求めると、神は彼らを救うためにデボラとギデオンを起こしました。ですが一度平和と安全が確立されると、民は再び下来た道へと戻っていってしまいます。

 このように、士師の時代の物語は、旧約聖書中でも非常に傑出した人物が登場するとはいっても、その基調を成しているのは悲劇性でした。勇気と信仰をもつ偉大な人々と、神を捨てて利己的な道を進んだ人々の生涯は、今日の聖徒にも数多くの重要な教訓を伝えています。




 両親の言葉に背き、ペリシテ人の女への激情に屈したとき、サムソンの特別な使命は見果てぬ夢となって消えました。サムソンは生まれる前から神によって使命を与えられていたにもかかわらず(士師記13章5節)、成人してからの20年もの間、イスラエルのためにその軍事力を組織しようせず過ごしています。殺戮、放火など彼がペリシテ人に与えた様々な打撃は、個人的な復讐心から発したようです。サムソンが戦ったのはイスラエルのためというより、自分のためでした。それは、


たとえある人が多くの啓示を受け、多くの力ある業を行う力を持つとしても、もし自分の力を自慢し、神の勧告を無視して、自分の思いと身体的欲望が命じることに従うならば、そのような人は必ず失敗して公正な神の報復を自分に招く


結果をもたらすことを意味してます。

 サムソンは最も大切な自己訓練を除いてはすべてのことを行ってきたようです。デリラが、「毎日その言葉をもって彼に迫り促した(士師記16章16節)」ことは事実ですが、ポテパルの妻に日ごと言い寄られたヨセフの場合は(創世記39章10節)、神の戒めを守って彼女に近づくことすらも拒んで逃げました。サムソンの場合は誘惑に屈して、肉体的にも霊的にも悲劇への道をたどります。真の偉大さは、自己訓練と結びついた真の原則の中に存在するものです。ある教会役員はつぎのように言いました。

 「このような人のことを念頭に置いて、自己訓練、自制、克己(こっき)についてこれから話をしたいと思う。これは一度始めたことを最後までやり遂げようとするとき、また祝福を心から望んで得ようとするときに、わたしたち全員にとって大切なものである。まず幾人かの哲学者の言葉を引用したいと思う。プラトンは次のように言っている。


『最初にして最大の勝利は、自己を制することである。反対に自己に負けることは、すべてのうちで最も恥ずべき、罪深いことである。』


 またダ・ヴィンチはこう言っている。


『自己を統制すること以上に大きな統治もなければ、小さな統治もない。』


 また次のようにも言った。


『人の成功は克己の度合いによって測られ、失敗は放縦の度合いによって測られる。・・・この法則は永遠の正義の表れである。自己を統制できない人は他人を統制することができないであろう。』


 換言すると、そのような人はふさわしい父親にも、指導者にもなることができないということである。賢者ソロモンは味わいのある言葉を残している。


『怒りをおそくする者は勇士にまさり、自分の心を治める者は城を攻め取る者にまさる。(箴言16章32節)』


 克己には二つの大切な要素がある。いわゆる、道徳の規準という帆を揚げることである。ほかの一つは意志の力である。すなわち、帆を揚げて進む船に働く風である。前にも言ったように、人格は良い結果に向けて自己を治める能力の範囲で決められる。何が良い人格を築き上げるかを言葉で言うのは難しいが、克己を見ればそれがどういうものであるか知ることができる。克己はいつも人々の賞賛を得るが、克己のなさは人々の同情を買う。しかし、たいていは意志の力の問題である。」

 悪い結果がすぐに表れるのであれば、罪悪に対して自制心を働かせることはまだたやすいことでしょう。しかし罪はそのようなものではありません。また罪というものはいつも醜悪で、嫌悪の情を催させる不快なものとして表れるという考えは、錯覚にすぎません。それには物事の見せかけ上にとらわれない、真実を見抜く目を持つ努力をするべきです。次の教会指導者の言葉は、各々心に留めて考える必要があるでしょう。

 「罪を犯すのはおもしろいことではないなどと、一体だれが言ったのだろうか。ルシフェルは魅力に欠け、口も下手で、取っ付きにくく、敵対的だなどということを、一体だれが言ったのだろうか。罪悪は魅力的で、つい手を伸ばしたくなるものである。罪悪は見事なガウンと輝くばかりの衣装をまとっている。それは芳香を放ち、魅力的な容貌と響きのよい声を持っている。それは教育のある人々の集まりや世慣れした人々のグループの中に見られる。そして楽しく、甘美なぜいたくを提供してくれるのである。罪は取っ付きやすく、気心の知れた仲間たちとの広い交わりもある。制約からの解放とつかの間の自由を与えてくれる。すぐに代価を求められることもなく、飢え、渇き、肉欲、衝動、激情、物欲を一時的に満たしてくれる。

 しかし、それは初めのうちはごく小さいが、少しずつふくらみ、とてつもなく大きなものになるのである。」

 この言葉はサムソンの悲劇的な堕落の1つの過程です。使徒パウロはローマ人への手紙で次のように記しました(6章23節)。


「罪の支払う報酬は死である。しかし神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠のいのちである。」



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士師概略表


士師名
(さばきつかさ)
他国の支配者 記述場所 統治期間 出来事
ヨシュア  
民数記27章15〜23節
ヨシュア記1章1〜11節
モーセの死(120歳)からヨシュアの死まで(110歳)のおよそ60年(士師記第1章 イスラエルの部族に嗣業の地を割り当てた。
ヨシュアの後
の長老たち

ヨシュア24章31節
士師記2章7節


背教の時代
士師記2章10〜15節
バアルとアシタロテに使えて邪教をイスラエルに持ち込む。
無名の士師
士師記2章16〜18節
周辺の略奪者からイスラエルを救うが、再び背教に陥る。
背教の時代
士師記2章19〜3章7節
神に禁じられていた異国の民との結婚。
背教の時代 メソポタミアの王
クシャン・リシャタイム
士師記3章8節 8年 バアルとアシラに仕える。
オテニエル
ヨシュア15章13〜19節
士師記1章10〜20節
     3章9〜11節
40年 ユダ族オテニエルがヘブロンの地を攻め取って、ユダ族カレブの娘アクサを妻とする。クシャン・リシャタイムを倒した。
背教の時代 モアブの王エグロン 士師記3章12節 18年 しゅろの町(古代のエリコ)が占領される。
エホデ
士師記3章15〜30節 80年 ベニヤミン族のエホデがモアブの王エグロンを倒し、イスラエル人はモアブ人1万人を殺す。
シャムガル
士師記3章31節
ペリシテ人600人を殺す。
背教の時代 カナンの王ヤビン 士師記4章1〜2節
      23〜24節
20年 軍勢の長シセルは鉄の戦車900両をもってイスラエルをしえたげる。
女予言者デボラ
バラク

士師記4章4〜24節 40年 デボラに支持されたアヒアノムが、ナフタリとゼブルンの部族から1万人づつを率いて戦いに出る。シセルはヘベルの妻ヤエルによって殺される。
背教の時代 ミデアン人 士師記6章1〜6節 7年 ミデアン人、アマレク人、東方の民らによって、農作物や家畜が略奪される。
ギデオン
士師記6章11
   〜8章32節
40年 主の使いがマナセ族のギデオンに現れる。バアルの祭壇とアシラ像を倒した材料で燔祭をささげ、その行為によってエルバアルと名づけられる。ミデアンの軍勢を300人で打ち破った。
背教の時代
アビメレク

士師記8章31節
   〜9章57節
3年 ギデオンのめかけの子アビメレクは、ギデオンの他の70人の子供をヨタムを除いて殺した。アビメレクはシケムの人々とベテミロの人々によって王とされる。テベツのやぐらから投げた女の石によってアビメレクは大怪我をし、自分の軍隊の若者に自分を殺させた。
トラ
士師記10章1節〜2節 23年
ヤイル
士師記10章3〜5節 22年 ギレアデ人ヤイルは、30人の子、30頭のろば、30の町を所有する。
背教の時代 ペリシテ人、
アンモン人
士師記10章6〜16節 18年 イスラエルは、バアルやアシタロテだけでなく、シドン、モアブ、アンモン、ペリシテの多くの神々に仕えて神を怒らせる。後に異教の神々を取り除いて神に仕えた。
エフタ
士師記11章1節
   〜12章7節
6年 遊女の子であるために、エフタは他の兄弟たちから追い出される。ギレアデの長老たちに説得されて、アンモン人と戦い勝利する。エフタ自身が神に誓った誓約のために、娘は結婚せずに一生を終えた。戦いに参加しなかったエフライム人と戦って撃ち破る。
イブザン
士師記12章8〜10節 7年 イブザンの子供たちを自分の士族以外の人と結婚させた。
エロン
士師記12章11〜12節 10年
アブドン
士師記12章13〜15節 8年
背教の時代 ペリシテ人 士師記13章1節 40年
サムソン
士師記13章24
   〜16章31節
20年 ナジル人としての誓願をする。ペリシテ人に謎かけをした。ユダの人々によって縛られ、ペリシテ人に引き渡されるが、縄を切ってペリシテ人と戦い、ろばのあごの骨で1000人を撃ち殺す。デリラによってナジル人の象徴である長い髪の毛を切られ、再びペリシテ人に捕らえられた後、目を失い足かせをはめられて戯れ事をさせられる。家の柱を倒して多くのペリシテ人を殺した。
イスラエルの
長老たち

士師記17〜21章



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