申命記 第1〜3章研究解読



第1章1節
第2章7、14節



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2005/ 5/23  第1章1節 UP
2001/ 7/14  第2章7、14節 UP




第1章1節

1節 これはヨルダン川の向こうの荒野、パランと、トベル、ラバン、ハゼロテ、デザハブとの間の、スフの前にあるアラバにおいて、モーセイスラエルのすべての人に告げた言葉である。


 申命記(Deuteronomy)という表題は、deutero(第2の)とnomos(律法)という2つのギリシア語単語を合わせたものです。この意味は、「第二の律法」あるいは「律法の繰り返し」となっていると考えられてます。キリスト教世界ではこの説明調の表題を、紀元前2世紀に書かれた最初のギリシア語訳聖書である「七十人訳」から採用しており、この書のヘブライ語の表題である 「Eileh Hadvareem」は使用しませんでした。この語は、ヘブライ語版聖書の最初の2語であって、訳すると「これは言葉である」となります。

 七十人訳の翻訳者たちは、モーセの書いた第5の書を第2の律法と呼びました。それはこの書が、モーセが神から授かった律法を要約して書いたものであるとしていたからです。モーセはイスラエルを去るに当たり、イスラエルの人々最後の説教を3回行います。しかしながら、この表題はいかなる意味であっても、モーセが新しい律法を授けたなどということを表しているわけではなく、すでに授けられていたことを単純に繰り返したということでもありません。モーセは、自分がもうじきイスラエルのもとを去ることを承知していました。イスラエルはこのときに、約束の地から見てヨルダン川対岸のモアブで宿営中でした。間もなくヨシュアが民を率いて邪悪なカナン人に戦争をしかけ、約束の地を所有する手筈となっています。

 3回にわたる別々の説教の中で、モーセはイスラエルに向かって、神が彼らに与えた律法をよく調べて、これから先に神の恵みと保護を十分に受けるようにと、分かりやすく勧告しました。最初の説教(申命記1章6〜4章40節)では、モーセは、荒野を放浪している間に起きた最も重要な出来事を列挙して、シナイで授けられた律法のことをイスラエルは決して忘れてはならないようにと言っています。

 第2の説教(5〜26章)は、十戒を含む律法全体をモーセが総復習したものです(5章6〜21節)。しかしここでは、モーセの目的は単なる復習ではなくそれ以上のものでした。契約の啓示契約の律法に関する最も重要な部分の記述、説明及び実施法、律法とその成就に関する霊的な原則がどれほど卓越したものであるかといこと、教会、司法、政治、行政の組織ほどのように発展させていくかということ、などが記されています。特にこれには、カナンの地において民の生活と福祉のために永久的な基盤をつくる意図が見られます。

 第3の最後の説教(27〜30章)では、契約を新たにするようにとイスラエルに呼びかけて、それを行わなかった場合に起きる様々な結果について警告しています。モーセは再び厳かに、神が示した愛やイスラエルのために行った多くの奇蹟や出来事をすべて振り返って説明して、神と契約を結ぶようイスラエルに勧告しました。神の道を歩まない結果生じる多くの悲惨な出来事、「のろい」がその身にふりかからないようにするためです。

 第31章から第34章までは補遺であり、モーセ自信の手によるものではないとされています。ここには、ヨシュアがモーセの後継者としてどのように選ばれ聖任されたのかということや、多くの議論を生む「モーセの死」について詳しく記されています(申命記34章5〜7節)。申命記の価値はモーセの5書の中でも、ほかの律法に比較して旧約聖書の預言者から一番多く引用されているという「事実」に示されています。これは単に、申命記が預言者声明のひながたとして極めて有用であると考えられているだけではなく、預言としてその基盤となる律法との間に霊的な調和が存在しているためでもあるからです。




第2章7、14節

7節 あなたの神、主が、あなたのするすべての事において、あなたを恵み、あなたがこの大いなる荒野を通るのを、見守られたからである。あなたの神、主がこの四十年の間、あなたと共におられたので、あなたは何も乏しいことがなかった」』。
14節 カデシ・バルネアを出てこのかた、ゼレデ川を渡るまでの間の日は三十八年であって、その世代のいくさ人はみな死に絶えて、宿営のうちにいなくなった。主が彼らに誓われた通りである。


 この記録は、出エジプト記や民数記でも記録されている出来事を明瞭に記したものです。イスラエルは、エジプトを出発してから3ヶ月後にシナイ山に到着し(出エジプト19章1〜2節)、シナイ山から出発したのは2年目の2月20日なので、ほぼ1年間シナイ山の近辺にとどまっていたと考えられます。ネゲブの地の南西、シナイ半島北部に位置するカデシ・バルネアまで11日間旅をした後、男たちが土地の様子を探るために、カナンの地へ派遣されました。しかし彼らは帰ってくると、町は城壁に囲まれていて、住民も強いと消極的な報告をしたため、イスラエルは落胆してしまい、神に向かって不平を言い始めてしまいました(民数記13章26〜33節)。

 それは彼ら自身が招いた呪いとも言うべきものであり、その理由は、努力をしなくとも約束の地に入れると思っていたからです。霊的な備えができていなかった故に、38年もの間砂漠を放浪することになっています。この状況を考えると、「近くて遠い存在」という表現が、いかに厳しい意味を持っているかが分かります。



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