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2000/ 6/ 4  序文追加パウロの貢献追加
2000/ 4/15  序文追加


  パウロがローマの聖徒たちに書き送った手紙です。
パウロはエルサレムへ行くことを考えていましたが、その旅はかなりの危険がありましたが、パウロは危機を脱したらその後でローマにいく事を望んでいました。この手紙には、ローマに着いたときに自分を受け入れる備えを教会員にさせる意図が含まれています。またこの手紙には論争の的になっていた、幾つかの教義に関する明確な主張が載っていると考えられます。パウロはそれらの問題については最終的な決着がついていると考えていたようです。

 第1章には、ローマ人へのパウロのあいさつが書かれています。
 第2〜11章では、信仰や行い、憐れみの教義について幾つかの主張がされています。
 第12〜16章には、愛、義務、聖さについての実際的な教えが述べられています。


 ローマ人への手紙のテーマは、「わたしは福音を恥としない。それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシャ人にも、すべて信じる者に、救いを得させる神の力である」という簡潔で力強い言葉の中に記されています(ローマ1章16節)。この手紙の残りの部分は、このテーマを発展させて、また信仰によって義とされることで永遠の救いが得られることを示しています。パウロがこのテーマに関連して語っているように、真の信仰は個人の義なる行いと、福音の原則に対する従順さを要求しています。信仰によってのみ救いは得られると主張する人々は、この真理を見過ごしていることになります。


 一般に手紙の書かれた場所と時とを確定することは困難ですが、ローマ人への手紙の場合は、使徒行伝と考え合わせると解明できる幾つかの手掛かりが残されています。例えば、パウロはローマへ将来行きたいと記しています。彼はユダヤに住む貧しい聖徒たちのために集めたお金をエルサレムに運ぶ旅を終えたら、ローマへ行くつもりでした(ローマ1章10節、15章19〜27節)。またこの手紙が形式に則ってよく考えた末に書かれたものであることから、これが比較的平和な時に書かれたものでしょう。使徒行伝20章2〜3節でルカが告げているように、使徒パウロは第3回伝道旅行の途中で、コリントに3ヶ月滞在しています。

 
 これは恐らくエルサレムに向かう船旅で天候の良くなるのを待っていたと考えられます。これらの記術から、ローマ人への手紙は第3回伝道旅行の終わり頃、すなわち紀元57〜58年にかけての冬の期間にコリントで書かれたことがわかります。




 パウロがローマとガラテヤにいる聖徒に宛てて送った手紙が、善い行いを得るための必要条件ではないという教義の根拠として取り上げられたのは遺憾なことです。5回に及ぶエルサレム訪問の度に、ユダヤ人の冷たい仕打ちを受けたパウロが、イエスがキリストであることの告白さえすれば救われるとする彼らに向かって、どのような思いで反ばくしたか想像してみてください。20年もの間、善き業のためにすべてを捧げて献身してきたというパウロは、善い行いをしても救いを得るとは限らないという人々のことをどのように感じたでしょう。また、ユダヤ人キリスト教徒の間には、人は努力しさえすれば自分の力だけで義を完成させることができる、と唱える者もあり、パウロはこの主張に対しても真っ向から反ばくしています。


神の恵みさえ受けさえすれば救われるという説と、行いによって救われるとする説は、両極端ではありますが、そのいずれも間違っています。


 その中間の正しい点を見出すために、パウロがローマの聖徒たちに宛てた手紙について詳しく学ぶ必要があります。人の行いと神の恵みとは、どのような関係にあるのでしょう。人は信仰によって義とされるとはどういう意味なのでしょうか。このローマの手紙では人間パウロに焦点を当てながら先の2つの疑問点について考えてみましょう。人に救いをもたらすものは、


イエスがキリスト(救世主)であることを信ずる信仰、キリストの恵みを受けること、キリストの律法に従順であることの3つの条件が必要と言えます。




パウロの貢献


ローマ人への手紙は福音の真意を明らかにして、


完全な救いは律法に従うことによって得られることを告げています。


 また、アダムの堕落によって死がもたらされて、キリストの贖いの犠牲によって命がもたらされたことをはっきりと告げており、人は信仰と行いによってキリストの血を通してどのように「義」とされるかが告げられています。更に恵みの選び、選ばれた種族(イスラエル)の地位、割礼がキリストによって廃止された理由、救いが異邦人にももたらされる方法と理由、これらに関して極めて明確な教えが記されています。またこの手紙は、


キリストと共同の相続人になるという重要な教義を知ることのできる大切な拠り所となっています。


 この重要な原則の下に、人は日の光栄の結婚をして家族単位が永続できるようにすることにより、日の光栄の中でも最も高いとされる「昇栄」を得ることができるのでしょう。


 ローマ人への手紙はその書の性格から、様々な解釈を生み出した手紙です。関連した教義について十分な知識を持っていない人々は、これらの教義についてのパウロの言葉を正しい理解を持って読み取ることに非常な困難を感じています。例えば、人は信仰によってのみ義とされるという使徒パウロの言葉を誤解しているのがその例です。この言葉から多くの教派は、行いによって自分自身の救いを求める必要はないと信じるに至っています。しかしこの同じ言葉によって、マルチン・ルターはカトリック教会から絶縁したことを正当化したのでした。そしてこのことは地上における神の業を推進する上で極めて大切なことです。



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