忠実な僕、パウロ


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2000/10/ 3  忠実な僕、パウロ UP


 新約聖書の中の14書のことです。使徒パウロが教会員にあてて書いた手紙で、次のように分類できます。


紀元50〜51年・・・テサロニケ人への第一・第二の手紙
 パウロは2回目の伝道のたびで、コリントからテサロニケ人にあててこの手紙を書いています。テサロニケでのパウロの働きについては、使徒行伝17章に述べられています。パウロはテサロニケに帰ることを望みましたが、それはできませんでした(テサロニケ第一2章18節)。そこでパウロは改宗者を励まして、彼らの近況を知るためにテモテを派遣しています。第一の手紙は、テモテが帰ってからすぐに書かれたパウロの感謝の気持ちで、第二の手紙はその少し後に書かれています。


紀元55〜57年・・・コリント人への第一・第二の手紙、ガラテヤ人への手紙、ローマ人への手紙
 コリント人への第一・第二の手紙は、パウロが3回目の伝道のたびのときに書いたもので、コリントの聖徒の疑問に答えて、また彼らの中にあった無秩序を正そうとしたものです。

 ガラテヤ人の手紙は、ガラテヤ一帯の諸教会にあてて書き送ったものと考えられていて、教会員の中にはユダヤ教の律法に固執して福音を捨てさる者もいました。この手紙の中でパウロは、モーセの律法の目的と、霊的な教えの大切さを説明しています。
 ローマ人への手紙は、パウロがコリントから書き送ったものです。パウロはローマの聖徒たちのもとを訪れたいと望んでいて、聖徒たちにそれを備えさせるのがこの手紙の目的の一つでした。またこの手紙は、キリスト教に改宗した一部のユダヤ人たちが疑いをもって論じていた幾つかの教義について再確認しています。


紀元60〜62年・・・ピリピ人への手紙、コロサイ人への手紙、
エペソ人への手紙、ピレモンへの手紙、ヘブル人への手紙
 パウロは、ローマでの最初の獄中生活のときにこれらの手紙を書きました。ピリピ人への手紙はおもに、パウロがピリピの聖徒たちに感謝と愛の気持ちを伝え、長期にわたる自分の投獄のことで悲しむ彼らに慰めを与えるために書き送ったものです。

 コロサイ人への手紙は、コロサイの聖徒たちが重大な過ちに陥っているという報告を受けてパウロが書いたものです。彼らは、キリストのような人格を伸ばすことよりも、むしろ外形的な儀式に厳格に従うことによって完全になれると信じていました。

 エペソ人への手紙は、キリストの教会に関するパウロの教えが書かれているという点で非常に重要です。

 ピレモンへの手紙は、主人ピレモンの物を盗んでローマへ逃亡した奴隷オネシモについての個人的な手紙です。パウロはオネシモを赦すようにとの手紙を添えて、彼を主人のもとに送り返しました。

 ヘブル人への手紙は、モーセの律法がキリストにあって成就し、それに換えてキリストの福音の律法が与えられたことを、ユダヤ人教会員に理解させるために、パウロが書いたものです。


紀元64〜65年・・・テモテへの第一の手紙・第二の手紙、テトスへの手紙
 パウロはローマでの最初の獄中生活から釈放された後に、これらの手紙を書きました。パウロはエペソまで旅をして、様々な空論がはびこるのを食い止めるためにテモテをエペソに残し、自分はまた戻ってくるつもりでいました。パウロがテモテへの第一の手紙を書いたのはマケドニアからと思われます。その目的は、テモテに義務を果たすように勧め励ますことでした。

 テトスへの手紙は、パウロが釈放期間中に書いたものです。パウロはテトスが働いていたクレテを訪ねた可能性があります。この手紙はおもに、義にかなった生活や教会内の規律にさいて述べています。

 テモテへの第二の手紙は、2度目の獄中生活のときで、殉教の直前に書いたものです。この手紙にはパウロの最期の言葉が書かれ、死に立ち向かう彼のすばらしい勇気と信頼が示されています。



忠実な僕、パウロ


 パウロは、殉教する少し前にテモテに書き送った最後の手紙の中で、次のように述べています。「わたしは戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき工程を走りつくし、信仰を守りとおした。今や義の冠がわたしを待っているばかりである。かの日には、公平な審判者である主が、それを授けて下さるであろう」。この言葉を信じている人は、パウロがこれを語ったのはこの世を去る直前であったということを少しも疑わないことでしょう。パウロ自身が語っているように、彼はかつて神の教会を迫害し、打ち倒そうとしていました。しかし一度信仰を持ってからは、神の福音を宣べ伝えることに献身するようになっています。

 パウロは忠実な兵士のように、自分の信じた大義のために命を捧げるよう求められた時、永遠の冠を得られるという確信を持ってそれに打ち込んでいました。改宗から死に至るまでの使徒パウロの働きを見てみると、そこにキリストの福音を宣べ伝える者に求められる勤勉と忍耐の素晴らしい模範を見出すことができます。嘲笑され、むち打たれ、石を投げられながらも、追害者の手を逃れると直ちに、救い主の教えをいつも熱心に宣べ伝えたパウロですが、パウロが信仰を持ったのは、この世の誉れを得るためではなく、またこの世のものを手に入れるためでもありませんでした。

 では、パウロをして、これほど苦難に甘んじさせたものは何だったのでしょうか。それは、パウロ自信が述べているように、神の手から義の冠を受けることができるという確信でした。

 パウロが終わりまで忠実であったことを疑う人はおそらくないことでしょう。パウロは信仰を守り通さなかった、戦いを立派に戦い抜かなかった、最後まで宣べ伝えることをしなかったと言う人はいないことでしょう。そのパウロは何を受けたのでしょうか。それは彼の信じた「義の冠」でした。では、忠実に働かずに、終わりまでそのような状態にあった人々は何を受けるのでしょうか。もし何か約束されているものがあるのなら、彼ら自身がそれを見出すのにまかせましょう。何か受けるのであればそれを受けることでしょう。なぜなら全ての人はそれぞれの行いに応じて報いを受けると、キリストが言っているからに他なりません。

 仮にキリストがその言葉として言い表さなくても、「報いを受ける」ということに対して疑問を持つ人はほとんどいないでしょう。パウロの幾つもの書簡からは、パウロはキリストに希望を抱いていたことを知ることができます。それは彼は信仰を守り通し、神の現われを心から待ち望み、神の手から義の冠を受けるという約束を与えられていたからです。



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