ヨハネの黙示録 第7〜9章研究解読



第7章1節 第7章2節 第7章3節 第7章4節 第7章13〜14節
第8章10〜11節
第9章7〜10節 第9章11節



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2005/12/21  第9章11節 追加
1999/ 3/22  第9章7〜10節、11節UP
1999/ 3/21  第7章4節、13〜14節、第8章10〜11節、
1999/ 3/20  第7章1節、2節、3節UP



第7章1節

1節 この後、わたしは四人の御使が地の四すみに立っているのを見た。彼らは地の四方の風をひき止めて、地にも海にもすべての木にも、吹きつけないようにしていた。


 この「四人の御使」とは、この第六の封印を解いた時の御使です。今まさに解き放たれ、毎年気象情報の異常更新を続けている中で、はたして何人の人がこの御使たちの及ぼす影響だと考えているでしょうか。聖典によると、この御使たちから安全や保護を受けることのできのるは、神に認められる「善人」しかいないということです。しかし、いくら善人といえども多少の影響は避けられないのではないでしょうか。

 もしこれを聞いて何らかの備えをしたいと考えている人がいるならば、世の中の間違った慣習から離れましょう。食糧を貯蔵しましょう。他人に思いやりを持ちましょう。それらの事すべてに、「愛」を持って実行しましょう。できれば、今の時期が人類史上最もきびしい艱難の時代であることを、実際に神に聞いてみましょう。最終的に生き残る術は、これらの事以外になくなり、あざける人はその時に「しておけばよかった」と必ず思うことでしょう。愛を持った行動を続けていれば、苦難を経験しても平安を得られるにちがいありません。警戒心を持って下さい。腐敗への道は、いつのまにか始まっており、気がつくと引き返すことのできない「精神状態」に追い込まれてしまいます。

 この数年で、世界各地の異常気象は年を追うごとにひどくなっています。人々のモラルも低下しています。細心の警戒を心がけて下さい。天災は防ぐことはできませんし、来てから対応していたのでは手後れにならないとも限りません。




第7章2節

2節 また、もうひとりの御使が、行ける神の印を持って、日の出る方から上って来るのを見た。彼は地と海とをそこなう権威を授かっている四人の御使にむかって、大声で叫んで言った、


 世紀末の福音の回復に携わった御使は一人だけではありません。実際に数人の御使により、神の権能がこの世に与えられており、ここでの「エリヤ」というのは単に称号であって、一人を指しているわけではないことがわかります。この神の印を持った天使は、この世の行く末を手に握っている4人の御使たちに、主の僕たちが人々に神の印を押されるまで地をそこなうことがないように指示しています。これは、福音が回復されて、地の国々に宣べ伝えられるまで成就されないと言われていますが、福音が世界中に伝わるに連れて御使の影響が出ていることは否定できません。「神の印」とあるように、「悪魔の印」も存在します(同書13章16節)。




第7章3節

3節 「わたしたちの神の僕らの額に、わたしたちが印をおしてしまうまでは、地と海と木をそこなってはならない」。


 ヨハネの時代には、異教の神々に帰依した者は、自分たちの神の名前やシンボルのしるしを額に受けることはごく普通でした。ゼウスの信者たちは額に稲妻を付け、ポセイドンの信者たちについても同様です。ヨハネの用いた比喩は、当時の読者たちにかなり強烈な印象を与えています。額にしるしを付けるということは、その神が真の神であろうと、神として礼拝された黙示録第13章にある邪悪な獣であろうと、神への献身と奉仕を明確に比喩するものです。しかし、しるしを押すことの実際的な意味は他にもあります。それは、人の父と母に印が押されるとその影響は子孫にまで及ぶということです。旧約の時代から言われているように、それらの人々は永久に失われることなく彼らの父と母の誓約のおかげで救われると言われています。

 今現在、4人の殺戮の天使たちは、神の僕たちが額に印を押されるまで、すなわち永遠の生命を意味する祝福を額に結び固められて、召しと選びとを確かなものとする時まで、地の四隅に立ち続けています。




第7章4節

4節 わたしは印を押された者の数を聞いたが、イスラエルの子らのすべての部族のうち、印を押されたの者は十四万四千人であった。


 この「印を押される者たち」は、聖書の述べている、「永遠の福音」を司る、すなわち神の聖なる位に任命される「大祭司」であると言われています。彼らは、キリストの教会にきたいと思っているすべての人々を導くために、地上のあらゆる国々を治める力を与えられている天使たちによって、あらゆる国や、あらゆる言語や、民族の中から聖任されるべき人たちと考えられます。この144000人の中には、失われた10支族の人々の中からも選ばれると言われています。




第7章13〜14節

13節 長老たちのひとりが、わたしにむかって言った、「この白い衣を身にまとっている人々はだれか」。
14節 わたしは彼に答えた、「わたしの主よ、それはあなたがご存知です」。すると、彼はわたしに言った、「彼らは大きな艱難をとおってきた人たちであって、その衣を小羊の血で洗い、それを白くしたのである。


 この聖句は、キリストの贖罪を受け入れて神の戒めを守る者は、神の力を受けて、世の罪から清められることを象徴しています。




第8章10〜11節

10節 第三の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、たいまつのように燃えている星が、空から落ちてきた。そしてそれは、川の三分の一とその水源との上に落ちた。
11節 この星の名は「苦よもぎ」と言い、水の三分の一が「苦よもぎ」のように苦くなった。水か苦くなったので、そのために多くの人が死んだ。


 聖典の中で星は時折重要な人物の象徴として使われています。空から落ちてきた星とは「サタン」であって、前世では「ルシフェル」として知られています(イザヤ書14章12節)。ここで言われている「苦よもぎ」は、一般的に認識されている旧ソ連の原発「チェルノブイリ」とは少々違い「良くない物」としての意味はいっしょですが、少々の違いがあります。この「苦よもぎ」も象徴であり、悪魔に従うすべての者たちに訪れる悲痛と恐怖を表します。当時でも苦よもぎは非常に苦く、それをもっと広い食糧や飲料として使うことは死を招くことがありました。ここでの解釈は、サタンに従うすべての者は肉体的にも霊的にも「死を受ける」ということです。コーヒー等の「苦い」飲み物に含まれる「合成カフェイン」は血圧を異常に上げ、脳に強制的な刺激を与え、体を「殺して」いきます。すでに世界のほとんどでこれに類する「苦い飲み物」が一般に浸透しています。




第9章1〜6節

重要事項につき研究中

1節 第五の御使が、ラッパを吹き鳴らした。するとわたしは、一つの星が天から地に落ちてくるのを見た。この星に、底知れぬ所の穴を開くかぎが与えられた。
2節 そして、この底知れぬ所の穴が開かれた。すると、その穴から煙が大きな炉の煙のように立ちのぼり、その穴の煙で、太陽も空気も暗くなった。
3節 その煙の中から、いなごが地上に出てきたが、地のさそりが持っているような力が、彼らに与えられた。
4節 彼らは、地の草やすべての青草、またすべての木をそこなってはならないが、額に印のない人たちには害を与えてもよいと、言い渡された。
5節 彼らは、人間を殺すことはしないで、五ヶ月の間苦しめることだけが許された。彼らの与える苦痛は、人がさそりにさされる時のような苦痛であった。
6節 その時には、人々は死を求めても与えられず、死にたいと願っても、死は逃げて行くのである。




第9章7〜10節

7節 これらのいなごは、出陣の用意のととのえられた馬によく似ており、その頭には金の冠のようなものをつけ、その顔は人間の顔のようであり、
8節 また、そのかみの毛は女のかみのようであり、その歯はししの歯のようであった
9節 また、鉄の胸当てをつけており、その羽の音は、馬に引かれて戦場に急ぐ多くの戦車の響きのようであった。
10節 その上、さそりのような尾と針とを持っている。その尾には、五ヶ月のあいだ人間をそこなう力がある。


 この後に起こる戦争と荒廃の期間に悪の軍勢は、永遠の生命に結び固められた人々を除き、すべての人々に影響を及ぼすと考えられます。なぜなら、「シオン」に住む人々は守られると聖書に約束されているからと言えます。この時期の苦難は悲惨を極め、人々はそれ以上苦しむよりもむしろ「死」を望むことになるのでしょう。ヨハネは、彼自身がまったく経験したこともなく、またその時代の人々が経験したこともない状況の下で、様々な武器を持って争い合う戦争の事を、預言的な古代の予言者たちは強力な武器や防具によって身を守られた兵士たちや、戦闘部隊、戦車隊、火炎放射部隊、戦闘機やミサイル、砲弾、その他の殺戮のためだけの武器を持って戦闘を行なった時代に開発された数々の武器を示現によって見たと考えることができます。




第9章11節

11節 彼らは、底知れぬ所の使いを王にいただいており、その名をヘブル語でアバドンと言い、ギリシャ語でアポルオンと言う。


 黙示者ヨハネは「底知れぬ所の使い」であると告げています。この名前はヘブル語とギリシャ語の両方共、その語源は「滅び」、すなわちその名前はサタンの適切とも言える称号である、「破壊者」を意味します。このふたつの名前に関連して、悪魔の名前のひとつとして挙げられている言葉に「滅亡」があります(モーセの書5章24節)。アバドンはヘブライ語のabad、彼は殺したという意味の語に由来があるとも考えられています。ときにこの語は誤ってabatonと同一視されますが、この語は興味深いことに実際は、


立ち入り禁止の場所、または到達しがたい場所をあらわす古代ギリシア語となっています。


 このことから、底知れぬ場所に住んでいる者たちが実際には悪魔じみたものを王としているのではなく、単に地上の人々が到達することのできない場所にいる人々を意味していれば、この預言の捉え方も変わってきます。黙示録の写本が古代ギリシア語であった場合、語の引用の仕方次第ではアバドン、アポルオンを「破壊者」として翻訳できなくなり、黙示録自体の翻訳をやり直す必要性が出てきます。外典エズラ第4書(第2書)13章39〜45節に記されている失われた10士族が住むアルザレト(アザレス)を、この「立ち入り禁止及び到達不可能の場所」とするならば、神の印のない者に害を与えるいなごは、彼ら失われた10士族であると考えることができるでしょう。とすると、


彼らの帰還は単なる帰還ではなく、キリストの再臨に伴なった地上の清めの一環であることになります


 おそらく神の印の無い人々と帰還する10士族の間で、大規模な戦闘行為が行われる可能性もあり、全くの否定はできません。続く第六の御使いの吹き鳴らすラッパがこの戦闘の開始を告げているのかもしれません。





第9章13〜21節

重要事項につき研究中



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