民数記 第13〜16章研究解読



第13章



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2005/ 6/22  第13章 UP



第13章

1節 主はモーセに言われた、「人をつかわして、わたしがイスラエルの人々に与えるカナンの地を探らせなさい。すなわち、その父祖の部族ごとに、すべて彼らのうちのつかさたる者ひとりずつをつかわしなさい」。
25節 四十日の後、彼らはその地を探り終わって帰ってきた。
28節 しかし、その地に住む民は強く、その町々は堅固で非常に大きく、わたしたちはそこにアナクの子孫がいるのを見ました。
30節 そのとき、カレブはモーセの前で、民をしずめて言った、「わたしたちはすぐにのぼって、攻め取りましょう。わたしたちは必ず勝つことができます」。
31節 しかし、彼らとともにのぼって行った人々は言った、「わたしたちはその民のところへ攻めのぼることはできません。彼らはわたしたちよりも強いからです」。
32節 そして彼らはその探った地のことを、イスラエルの人々に悪く言いふらして言った、「わたしたちが行き巡って探った地は、そこに住む者を滅ぼす地です。またその所でわたしたちが見た民はみな背の高い人々です。
33節 わたしたちはまたそこで、ネピリムから出たアナクの子孫ネピリムを見ました。わたしたちには自分が、いなごのように思われ、また彼らにも、そう見えたに違いありません。


 民数記13章及び14章には、受け継ぎの地を偵察した過程が記されている部分です。この時点で、イスラエルがエジプトを出てから数ヶ月しか経過しておらず、すでに神の律法は授けられていました。神はこのとき約束の地へ進んで行ってこれを所有する時が到来したと言い、さらに偵察隊を組織してカナンの地を検分するように命じました。23〜24節の記述からカナン周辺の土地がかなり豊かであったことが分かります。しかし偵察隊は、ヨシュアとカレブを除いて、この地は豊かであってもその住民を追い出す望みはないと報告しました。消極的な報告がさらに誇張され、ネピリムの子孫までが住んでいるとまで言っています。

 そのような誇張された報告自体良くないものであり、報告した10人の信仰のなさを如実に示したものでした。ここでの悲劇は、イスラエル全体がこの消極的な報告に耳を傾けたことから始まっています。彼らは、ほとんど毎日のように見てきた神の力や業をあからさまに否定し、エジプトに残っていればよかったと不平を言い始めます(14章2〜3節)。さらにモーセを排斥して、自分たちをエジプトへ連れ戻してくれる新たな指導者を選ぼうという動きまで起こして、モーセとアロンをひれふさせました(14章4〜5節、ネヘミヤ9章17節)。ヨシュアとカレブがイスラエルの民に異議を唱えると、彼らは石を投げつけて打ち殺そうとまでしています(14章10節)。

 もう収拾がつかなくなった時、神の怒りが会見の幕屋から速やかに現れて、疫病を持ってイスラエルの内から神を侮る人々を打ち滅ぼして、モーセを強い国民にすると言いました。しかしモーセは民の取った行動について弁解することなく、ただひたすら、神が忍耐強く慈しみを持ち続けてくれるように嘆願します(14章13〜14節)。モーセの祈りによってイスラエルはかろうじて破滅は免れますが、この後すぐに約束の地に入るという祝福は失いました。この出来事によって、イスラエルはこれから38年間にわたりシナイの荒野をさ迷うことになります。その結果神の力を否定した20歳以上の人は、ヨシュアとカレブを除いて全員が約束の地に入る前に死んでしまうという呪いをイスラエルに残してしまいました。

 創世記6章4節に記されているネピリムがここで登場しています。この記述を根拠に、アナクの先祖はネピリムであると考える人がいますが、その考えには疑問が残ります。なぜなら


彼ら古代の巨人たちは大洪水で滅ぼされているからです


 もし残った8人の中でネピリムの血が入っているとすれば、ノア、と息子たちの妻となりますが、ネピリムの血を引く者が大洪水後に生き残る者として神が選んだとは、ネピリムの出生からして考えにくいことです。背の高い民とてしられるアマレク人はアナクの子孫ですが、ネピリムほど大きい人であったかは証明されていません。イスラエルの人々よりは大きかったというだけで、推測されるネピリムの身長4mにはほど遠いと考えられます。アマレク人は首から上が高いと表現されることがあります。一般的な解釈では、イスラエルの平均身長よりも首一つ高いものであったとされています。イスラエル統一に貢献したサウルはイスラエルの人々なかで最も背の高い人物であり、肩から上が高かったと表現されていました(サムエル上第9章2節)。

 首一つ高いとするのであれば、イスラエルの民より20〜25cm背が高いことになります。この時期のイスラエル人の身長がいくらであったかは明確になっていませんが、有名なツタンカーメン王の身長は約168cm、第13王朝時のミイラは約160cm、大英博物館所蔵ミイラ「Nesperennub」は162.5cm、ラメセス2世は資料によって違いがあり、173〜200cmです。聖書の中において、特にエジプト人とイスラエル人についての身体的特徴が記されていないことから、どちらも大差はなかったと考えることができます。そうした場合、イスラエル人も160〜170cmが平均であったと推測ができます。

 この身長に首一つ高いとすると190cm前後となり、ネピリムを巨人に使った表現は上記の通り「誇張された表現」であることになります。彼らの見た部族というのは、現在のアフリカにあるルワンダ共和国のワッシ族に見られる身長の高い部族と関係があるのかもしれません。この部族は平均身長が2mあり、聖書に記されたアマレク人の末裔であるとも推測できます。



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