マタイによる福音書 第23〜25章研究解読



第23章13節 第23章14節
第24章3節 第24章15〜22節 第24章29〜30節 第24章36節



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2006/ 8/10  第24章36節 追加
2000/ 1/30  第24章3節 UP
1999/ 2/ 1  第23章13節、第23章14節 UP


 パリサイ人と律法学者の偽善を非難した後、イエス神殿を出ました。 そして弟子たちと神殿の建物を眺めながらひとつの予言をしますが、それは弟子たちにとって非常に衝撃的なことであったに違いないことでしょう。 「よく言っておく、その石一つでもくずされずに、そこに他の石の上に残ることもなくなるであろう。(24章2節)」。 門も聖所も至聖所も、中庭や回廊もその石という石がすべて崩れてしまう、つまりヘロデの神殿が崩壊してしまうということです。

 後に、イエスがオリブ山で座っていた時に弟子たちが近寄ってきて重要な質問をしています。 彼らは「どうぞお話ください。 いつ、そんなことが起るのでしょうか」という質問を通して、ヘロデの神殿の崩壊とイスラエルの民の四散の日がいつかを尋ねています。 続いて「あなたがまたおいでになる時や、世の終わりには、どんな前兆がありますか」との質問をもって、キリストの再臨の前に起る出来事について、明確な説明を求めています。




第23章13節

13節 偽善な律法学者、パリサイ人たちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは、天国を閉ざして人々をはいらせない。自分も入らないし、はいろうとする人をはいらせもしない。


 この当時、律法学者の学問があるかどうかということが、パリサイ人の言う敬神の標準でした。彼らにとって律法の専門的事項に通じていない者は、神に受け入れられないと見なし、実際に呪ってきました。律法学者やパリサイ人は、彼らのこじつけや聖句の曲解によって「一般の人々」を混乱させ誤らせた結果、神の王国の入口に立ちはだかって自分も入らないし、他の人々の入る道をふさいでいました。




第23章14節

14節 偽善な律法学者パリサイ人たちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは、やもめたちの家を食い倒し、見えのために長い祈りをする。だから、もっときびしいさばきを受けるに違いない。


 イエスの時代に見られたユダヤの聖職者の貧欲は、公然の醜聞であったと言われています。宗教上の義務という美名に隠れて、ユダヤの聖職者の地位にある支配者たちは、強要や不法な取り立ての手段によって、巨大な金銀財宝を蓄積していましたが、これらの大部分は貧しい人々の寄付や、人に頼らなければ生きていけないやもめの家さえ含む、財産の没収によって築きあげたものです。そしてこのような凶悪な常習的行為は、外見上神聖に見せかけることと、口数の多い祈りという神の認めない、または神を汚す行いによってますます邪悪になっていきました。

 このことは現在でも行われており、人の救いの度合を金銭や物で計る邪悪な「偽教会」がはびこっています。この偽教会とはキリスト教内部という狭い範囲ではなく、全世界のあらゆる組織、団体の中に偽りの善を説きながら紛れ込んでいます。




第24章3節

3節 またオリブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとにきて言った、「どうぞお話ください。いつそんなことが起るのでしょうか。 あなたがまたおいでになる時や、世の終わりには、どんな前兆がありますか」。


 世の終わりについては、旧約の時代からすでにいろいろな予言者たちにより予言されています。 予言書である、イザヤ書、エゼキエル書、ダニエル書、ヨエル書、ナホム書、ゼパニヤ書、ゼカリヤ書、マラキ書などに書かれてあります。

 あなたがおいでになる時とは一般に「再臨」と言われてきました。ここで弟子たちはキリストに尋ねていますが、この時点で理解しておかなければならないことがあります。 それはこの弟子たちはキリストが神から栄光の冠を受けた後に、再び地上に来るということを知っていたということです。 知っていたからこそ「あなたがおいでになる時」と言うことができたのでしょう。 23章38節には「『主の御名によってきたる者に、祝福あれ』とおまえたちが言う時までは、今後ふたたび、わたしに会うことはないであろう」と書かれてあります。 これは、この後に起るエルサレムの荒廃と末日の災難との両義的予言ですが、「主の御名によってきたる者」は末日におけるキリストの再臨を指していると考えた場合、


弟子たちが言う「おいでになる時」というのは、「神の栄光を伴なった再臨」ということになります。


 これを裏付けている箇所は先の弟子の問い掛けに対してキリストが答えている25章31節、16章27節、マルコ8章38節でキリストが栄光のうちに再臨することが書かれてあります。




第24章15〜22節

15節 予言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべき者が、聖なる場所に立つのを見たならば(読者よ、悟れ)、
16節 そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げよ。
17節 屋上にいる者は、家から物を取り出そうとして下におりるな。
18節 畑にいる者は、上着を取りにあとへもどるな。
19節 その日には、身重の女と乳飲み子を持つ女とは、不幸である。
20節 あなたがたの逃げるのが、冬または安息日にならないように祈れ。
21節 その時には、世の初めから現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな艱難が起こるからである。
22節 もしその期間が縮められないなら、救われる者はひとりもないであろう。しかし、選民のためには、その期間が縮められるであろう。




第24章29〜30節

29節 しかし、その時に起こる艱難の後、たちまち日は暗くなり、月はそのひかりを放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。
30節 そのとき、人の子しるしが天に現れるであろう。またそのとき、地のすべての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光ともって、人の子が天の雲に乗ってくるのを、人々は見るであろう。
31節 また、彼は大いなるラッパの音と共に御使たちをつかわして、天のはてからはてに至るまで、四方からその選民を呼び集めるであろう。


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第24章36節

36節 その日、その時は、だれも知らない。天の御使たちも、またも知らない、ただ父だけが知っておられる。


 「子」とは、キリストのことを指しており、その「子」ですら自分がどの時期に再臨するのかわからないとはっきり明言している重要な部分です。一部のキリスト教を名乗る組織は、はっきりと年月を公式見解として発表しますが外れており、それらは全て間違いであって邪悪なものです。その中でエホバの証人という団体は自分たちは聖書を読んでいると公言するも、この部分に関してあいまいな考えしか述べられず、その裏では「聖書は全て真実である」と道理が全く通らない論法を展開します。また彼らは、黙示録22章18節の「〜もしこれに書き加える者があれば〜」を引用し、現在は預言も啓示もないと宣言するも、自分たちの都合のよいように解釈を捻じ曲げた聖書を自分たちで作って、「これが正しい」と大胆にも公言します。このような、世界中で疑問視されるカルト教団はその教義が最初から破綻しており、考える力を持たず洗脳のしやすい人々を狙って、人を神から遠ざけようとします。



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