マラキ書 第1,2章研究解読



第1章1節 第1章2〜5節



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2000/ 4/30  第1章1節、第1章2〜5節 UP



第1章1節

1節 マラキによってイスラエルに臨んだ主の言葉の託宣。


 多くの預言者同様に、マラキの生涯についてはマラキ書からわかる以外にほとんど知られてはいません。マラキは予言者ハガイやゼカリヤより後の、ネヘミヤと同時代の人と考えられ、おそらくキリスト誕生の400年ほどまえに書かれたと言われています。金版の民リーハイはマラキの時代より200年ほど前にエルサレムを去ったことになりましたが、彼らは神から知らされる以外にマラキの言葉に触れることはありませんでした。つまりマラキの言葉はレーバンの真鍮版には入っていないということです。




第1章2〜5節

2節 主は言われる、「わたしはあなたがたを愛した」と。ところがあなたがたは言う、「あなたはどんなふうに、われわれを愛されれたか」。主は言われる、「エサウはヤコブの兄ではないか。しかしわたしはヤコブを愛し、
3節 エサウを憎んだ。かつ、わたしは彼の山地を荒らし、その嗣業を荒野の山犬に与えた」。
4節 もしエドムが「われわれは滅ぼされたけども、荒れた所を再び建てる」と言うならば、万軍の主は「彼らは建てるかもしれない。しかしわたしはそれを倒す。人々は、彼らを悪しき国ととなえ、とこしえに主の怒りをうける民ととなえる」と言われる。
5節 あなたがたの目はこれを見て、「主はイスラエルの境を越えて大いなる神である」と言うであろう。


 この「憎む」に該当するヘブライ語は、敵意を持って憎むというのではなく、ほかのだれかよりも愛され方が少ないという意味です(創世記29章31節)。エサウは、十二部族の父祖イスラエルとなったヤコブの兄です。神は罪人ではなく罪を憎みますが、エサウやその子孫であるエドム人が幾世紀にもわたってしてきたように、神を拒むときには祝福を控えることが聖書からわかります。その意味で、ヤコブは愛されエサウは「憎まれた」ということです。エサウの子孫は徹底的に神を拒んでしまったので、予言者たちにとって世の悪の象徴となっています(イザヤ書34章1〜10節)。彼らはマラキの時代以前はエドム人またはイドマヤ人と呼ばれ、居住地はエドムと呼ばれていました。

 エサウ(エドム)が世の象徴である一方、ヤコブはやがて選民イスラエルの象徴となりました。そのことは、この神の言葉にいっそうの広い意味を与えています。



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