列王紀下 第1,2章研究解読



第1章1節 第1章3節 第1章8節 第1章9〜14節 第1章17節
第2章8節 第2章11節 第2章14節 第2章19〜22節 第2章23〜24節



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2001/ 5/11  第1章9〜14節、17節 UP
2001/ 5/ 9  第1章1節、3節、8節 UP
2000/ 5/22  第2章11、14、19〜22、23〜24節UP
2000/ 5/21  第2章8節UP



第1章1節

1節 アハブが死んだ後、モアブイスラエルにそむいた。


 死海の東側を領していたモアブ人は、ロトの子孫であって(創世記19章37節)、何年も前に、ダビデはモアブ人と彼らの遠い親戚に当たるアンモン人を征圧しました。アンモン人もロトの子孫で、その領地はモアブ人のすぐ北側にあります。モアブ人は今や、イスラエルとの関係を断ち切る機械が来たと考えて、それを実行に移す決意をしました。モアブの王メシャは、モアブ人の反乱を非常に誇りに思っており、大きな黒い石に記録を残し、後にこの碑石は考古学者によって発見されています。碑石には、モアブ人の反乱について聖書よりも詳しい記録が残っていると言われています。メシャ王は、隷属させた数百の町の名前や、貯水池や水路、要塞をいかに建設したかを碑石に記しました。




第1章3節

3節 さてアハジヤサマリヤにある高殿のらんかんから落ちて病気になったので、使者を遣わし、「行ってエクロンの神バアル・ゼブブに、この病気がなおるかどうかを尋ねよ」と命じた。


 バアル・ゼブブとは、サタンに与えられた名称で、悪魔の王子または頭としての地位を表していて、古代のある異教の神にもこの名称が付けられています。また真理に背を向けた古代のユダヤ人たちは、イエス・キリストを「ベルゼブル」と言う名で呼び(マタイ10章25節)、がベルゼブルの力で悪霊を追い出していると言いました(マタイ12章22〜30節)。




第1章8節

8節 彼らは答えた、「その人は毛ごろもを着て、腰に皮の帯を締めていました」。彼は言った、「その人はテシベびとエリヤだ」。


 エリヤが「毛ごろも」着ていたという記述は、やぎからくだの毛で作った衣服で身を覆っていたことを指しています。恐らくその上に、動物の毛皮をまとっていたと考えられています(ヘブル11章37節)。




第1章9〜14節

9節 そこで王は五十人の長を、部下の五十人と共にエリヤのところへつかわした。彼がエリヤの所へ上っていくと、エリヤは山の頂きにすわっていたので、エリヤに言った、「神の人よ、王があなたに、下ってくるようににと言われます」。
10節 しかしエリヤは五十人の長に答えた、「わたしがもし神の人であるならば、火が天から下って、あなたと部下の五十人とを焼き尽すでしょう」。そのように火が天から下って、彼と部下の五十人とを焼き尽くした。
11節 王はまた他の五十人の長を、部下の五十人と共にエリヤにつかわした。彼は上っていってエリヤに言った、「神の人よ、王がこう命じられます、『すみやかに下ってきなさい』」。
12節 しかしエリヤは彼らに答えた、「わたしがもし神の人であるならば、火が天から下って、あなたと部下の五十人とを焼き尽すでしょう」。そのように神の火が天から下って、彼と部下の五十人とを焼き尽した。
13節 王はまた第三の五十人の長を部下の五十人と共につかわした。第三の五十人の長は上っていって、エリヤの前にひざまずき、彼に願って言った、「神の人よ、どうぞ、わたしの命と、あなたのしもべであるこの五十人の命をあなたの目に尊いものとみなしてください。
14節 ごらんなさい、火が天から下って、さきの五十人の長ふたりと、その部下の五十人ずつとを焼き尽しました。しかし今わたしの命をあなたの目に尊いものとみなしてください」。


 エリヤが天から火を下して50人の部下を妬き尽したことについて、非難の声を上げる人がいますが、注意してほしいのは、天から火を下すことができるのは部下たちでもエリヤでなく、ただ神だけが火を下すことができるということです。またイスラエルの神は公正なので、正当な理由なしにはこれらのことはしないと解釈するのが正しいでしょう。ここで神があえてそうしたのは、エリヤを喜ばせるためでも、気まぐれな復讐心を満足させるためでもなく、神自身の力と正義を示すためです。つまり、エリヤがいかにそのようなことを嘆願しようとしても、それ自体が正しくなければ奇跡を呼ぶことはできず、神はエリヤを通じて、自身が行うと決めたことを告げただけであって、エリヤ個人は全く関係がありません。

 原文通りの意味は以下の様になります。


わたしがもし神の人であるならば、すなわちわたしが神の人であるかのように火が天から下って、あなたと部下の五十人とを焼き尽すでしょう。


このことからわかるように、エリヤの言葉は「宣言」であってのろいを求めるものではありません。




第1章17節

17節 彼はエリヤが言った主の言葉通りに死んだが、彼に子がなかったので、その兄弟ヨラムが彼に代わって王となった。


 この時代にはヨラムという人物が2人存在しているので分かりにくくなっています。エリヤはイスラエル北王国で預言していたので、ここに記されているのはアハジヤの兄弟ヨラムです。ユダ南王国ヨラムヨシャパテの息子です。(イスラエル王国とユダ王国の統治者




第2章8節
8節 エリヤは外套を取り、それを巻いて水を打つと、水が左右に分かれたので、ふたりはかわいた土の上を渡ることができた。


 これはエリヤが神の権能を行使して行った奇跡のひとつです。彼はヨルダンの川の水を分けて、つまり流れを止めて道を開いています。エリヤは後に新約の時代に現れ、変貌の山でこの神の権能とそれを行使する鍵をペテロヤコブヨハネに授けました。(マタイ17章1〜13節)




第2章11節

11節 彼らが進みながら語っていた時、火の車と火の馬があらわれて、ふたりを隔てた。そしてエリヤはつむじ風に乗って天にのぼった。


 「」という言葉には複数の意味があります。「空」という意味で使われることもあれば、「日の光栄の輝き」を表す言葉として使われることもあります。エリヤは身を変えられて地上から取り上げられましたが、日の光栄の輝きの中に入ったわけではありません。多くの人々は、身を変えられるということは、人が直ちにのみもとに取り上げられ、永遠に完全な状態になることであると考えていますが、これは誤った考えです。彼らの住む場所は、月の光栄の状態の場所であって、そこは彼らが多くの惑星で導きと教えを施す天使となるために、神が用意した場所であると言われている所です。

 彼らは、死から蘇えった人々のように完全な状態ではありません。ヘブル人の手紙11章35節には、「ほかの者は、更にまさったいのちによみがえるために、拷問の苦しみに甘んじ、放免されることを願わなかった。」とあります。ここにあるように、「さらにまさった」状態があることは明らかです。そうでなければ神はパウロにそのことを明らかにしなかったことでしょう。では、その「さらにまさった状態」とはなんでしょうか。この区別は実際の肉体の復活と身を変えられる間のことを指し示しています。身を変えられると肉体の苦悶や苦痛から開放されますが、肉体の生命が引き延ばされて、導きと教えを施す業に仕えた後に、大いなる栄光と安息に入ると考えられています。




第2章14節

14節 そしてエリヤの身から落ちたその外套を取って水を打ち、「エリヤの神、主はどこにおられますか」と言い、彼が水を打つと、水は左右に分かれたので、エリシャは渡った。


 エリヤの外套は、彼の権威の象徴です。従って、エリシャが外套を持っているということは、エリヤの権威が現在エリシャに授けられていることを意味しています。




第2章19〜22節

19節 町の人々はエリシャに言った、「見られるとおり、この町の場所は良いが水が悪いので、この地は流産を起すのです。」
20節 エリシャは言った、「新しい皿に塩を盛って、わたしに持ってきなさい」。彼らは持ってきた。
21節 「主はこう仰せられる、『わたしはこの水を良い水にした。もはやここには死も流産も起こらないであろう』」。
22節 こうしてその水はエリシャの言ったとおりに良い水になって今日に至っている。


 塩を使ったのは大きな奇跡といえます。なぜなら塩は通常、水を浄化するよりもかえって汚してしまうからです。注目すべき点は、この地は流産が多発しているということです。この地の附近の山が鉱山であった場合、その山から染み出す鉱毒によって川が汚染されて、そのような体の異常を引き起こすことがあります。詳しく書かれていない以上推測となりますが、エリシャはこの鉱毒を中和させるために塩を用いたのではないでしょうか。

 「新しい皿」についても推測すると、これは普通の皿ではなく、エリシャの作った、または作らせた入れ物なのかもしれません。もしこの時代の気候が、非常に乾燥していたとすれば、塩は結晶化した岩塩となっているので大量にとることができ、その大量の岩塩を使用して、鉱毒を中和させたのでしょう。




第2章23〜24節

23節 彼はそこからベテルへ上ったが、上っていく途中、小さい子供らが町から出てきて彼をあざけり、彼にむかって「はげ頭よ、のぼれ。はげ頭よ、のぼれ」と言ったので、
24節 彼はふり返って彼らを見、主の名をもって彼らをのろった。すると林の中から二頭の雌ぐまが出てきて、その子供らのうち四十二人を裂いた


 この「子供ら」の死についてエリシャを非難することは、ちょっと早計です。この部分については2つの点で考えることができます。ひとつは「子供ら」の原語は、老人と比較してまだ若い人を意味しており、「子供」と訳せるだけでなく、僕または戦いに行く年齢に達した人を意味する「若者」と訳することができます。2つ目は、24節で記述が終わっていますが、この終わりは、「主の名をもって彼らをのろった」の後の句点で示されています。それから、2頭の雌熊が林の中から出てきたことが記されています。ここでエリシャが熊を操ったと考えるのは正しくないでしょう。これについて聖書学者クラークは次のように言っています。

 「しかしこの42人を、森の中での仕事に雇われたが、子熊を殺したために雌熊(母熊)に追いかけられて八つ裂きにされた不幸な若者である、と考えることはできないだろうか。『子を奪われた熊』の獰猛さについては、サムエル下の注解の最後ですでに触れた。『雌熊』という表記がこの推測にいくらか色彩をそえている。若者たちがエリシャを侮辱したとき、おそらく雌熊は小熊を殺した者の足跡をたどっていたのであろう。そして、預言者を嘲っていた若者に襲いかかった。この当然の成り行きが神聖な力によって引き起こされたように見せたのは、神のみこころによるものだろう。もしこの仮説が正しければ、子熊を失った雌熊は、預言者の呪いの言葉を成就する器として備えられ、神の正義によって罪を犯している彼らを罰する地点へと導かれたのである。



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