忍の霊体験

石狩川・江丹別町嵐山、近文


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2010/ 8/28 石狩川・江丹別町嵐山、近文  江丹別町共和  UP 



石狩川・江丹別町嵐山、近文

 私の生まれは北海道です。小さな港町で生活していました。そんな町でも夏になると大人たちが話す地元の怖い話に耳を傾けるのが楽しみでした。中学生になる前に引越しをし、旭川へきました。それ以前にも怖い体験はあったのでしょうけど、強烈な体験はこの旭川から始まります。

 旭川でこの手の話はというと神居古潭が有名ですね。あちこちの心霊サイトに載るほどですから。しかし私は神居古潭で怖い思いをしたことがありません。私にとっての心霊地帯とは地元の人が「嵐山」と呼ぶ場所です。

 嵐山といっても山ではなく、石狩川の川岸です。ここにはサイクリングロードがあって、休日にはサイクリングを楽しむ人々で夏場は賑わっている憩いの場所でもあります。

 中学生になって幾分夜遅くなっても親が怒らなくなりますと、クラスの連中と待ち合わせて肝試しに行くことができるようになりました。昼間は自然がいっぱいで爽やかなサイクリングロードですが、暗くなるとそれはそれは恐ろしい肝試しロードになります。

 ある夏の日、クラスの連中3人とサイクリングロードの肝試しに出かけました。

 途中までは遠くの街灯が見えますが、小さな橋を渡る辺りから真っ暗になります。それはみんな知っていたのでそこまで行ったら引き返そうということになりました。橋の手前にJRの鉄橋があるのですが、4人のうち2人が鉄橋越えた辺りで怖いからここで待ってると言い出しました。普段はクラスで強気な彼らもさすがに怖かったようです。

 真っ暗な橋まではまだ距離があるので、2人を残して私ともう一人は自転車のライトを頼りに進みます。途中右側には除雪車の基地があって強力な照明がサイクリングロードまで届いているんですが、その照明の当たらない石狩川側は真っ暗です。この基地の近くに私が勝手に幽霊マンションと呼ぶ恐ろしげな4階か5階建ての建物があります。ほとんど人は住んでなく、たまに1戸か2戸の部屋の明かりが見えるだけでした。

 その怖いマンションを過ぎると真っ暗な橋が見えてきます。橋まで来たので引き返すことにしました。さーっと帰ってしまうと、残った2人に示しがつかないと考えわざとゆっくり帰ることにしました。私が石狩川側で2人で平行して走りしながら、「あいつらもたいしたことないな」と話ながらゆっくり進んでいるとそれは起こりました。

 サイクリングロードは定期的に手入れがされているので、土手の部分は草刈がされて草の丈は5cmもありません。
そこを何かが自転車と同じ速度で移動しているんです。私の足元から30cmも離れていません。最初は何かの動物と思いました。ガサガサと音を立てて自転車について来るものなんて、と思いながら見ているとそこには何もないんです。刈られた短い草だけが音を立てて自転車についてくるんです。

 私はパニックになり大声をあげてもう一人を置き去りにして、待っている二人のもとへ逃げてしまいました。この状況は待っている二人にも見えており、待っている場所からはもう100mくらいのところでした。彼らには何も見えなかったそうです。

 これが旭川で最初に体験した怖い出来事です。しかしこれが霊現象かどうかはわかりません。ただ始まりであることは間違いないものです。

 

 この場所は石狩川が作る中州がいくつかあって、釣りをする人たちにはよい釣り場となっています。釣り好きの友人が何人もいたのでよく釣りにきていました。4人で行った肝試しの年の秋、この場所へ釣りにきました。いつもは何人もの釣り人がいるのに、この日はだれもいません。

 砂州になっているところには水柳がたくさん生えています。夏場は葉が茂っていて見通しが悪いですが、秋になって葉が落ちると視界が開けてきます。いつもの場所で釣りを始めると思いのほか釣れる日でした。釣れた魚をネットへ次々と放り込み、なおも釣っていると右手の淀みからバシャバシャと魚が跳ねる音がします。竿を置いて見に行くと、見たこともない大きさの鯉が3匹浮いていました。

 1匹は1m近い大きさがあり、そのような鯉を釣るのが目標だった私は、釣るのではなく捕獲しようと上着を脱いでその淀みに入ろうとしました。上着を被せて捕まえようとしたんですね。しかし季節は10月を過ぎており、水温はかなり低いです。しかもそこは濁った淀みであって深さもどれくらいあるかもわからない危険な場所でもあります。そんな場所へ普段着で飛び込めば溺れるでしょう。

 私はそんな場所へ何かにとりつかれたように飛び込もうとしていました。

 さあいくぞと飛び込もうとしたとき、その大きな鯉3匹が私に向かって口をぱくぱくとさせ始めました。私からの距離は2mほどです。何故か逃げようともせず何かを話しているかのように3匹がこちらを向いて何かを言っている、そんな気がしました。なぜ逃げないんだろうと訝しげに思っていますと、あれだけ晴れていた空が雨が降りそうなほど分厚い雲り空となっています。

 変な鯉に変な天気で我に返った私は、飛び込む気が無くなってしまって、もう帰ろうと竿の置いてある対岸へ戻りました。はっと気づくと天気は快晴です。どうして晴れているんだろうかと不思議に思いましたが気を取り直し、魚の入ったネットをそのままにして少し離れた別の釣り場へ向かいました。でも釣り場と鯉のいた淀みとは距離にして10mも離れていません。たった10mで天気が変わるものでしょうか。

 先ほど言いましたように、水柳の葉はみんな落ちているので林とはいえ視界はかなりいいです。この林の中は多くの釣り人が歩くので、広い獣道のような道があちこちに出来ていました。そこを歩いていると後ろから二人くらいの子供がはしゃぎながら走ってきました。

 日曜日なので人はけっこういますがその時は私と後ろからくる子供たちだけです。はしゃぐ声がすぐ後ろまで近づいたのでよけてあげようと、
ふと後ろを見ました。しかし誰もいません。さっきの鯉、わけもなく淀みに飛び込もうとしていた自分、妙な天気に続いて消えた子供と連続して起きた不思議な出来事ですっかり怖くなってしまった私は、魚の入ったネットもそのままに家へと帰ってしまいました。

 次の日、魚を入れていたネットを取りにこわごわ釣り場に戻ると、ネットはそのまま置いてありました。釣った魚を覚えていましたので釣ったときの事を思い出しながら川へ放そうとネットの中の魚を見たら釣った覚えのない魚ばかりです。確かにそのネットは自分のものに間違いありません。しかも釣ってネットへ入れた魚の何匹かはいなくなってました。

 昨日怖くなって帰った時間はもう夕方に近く、そんな時間からあの釣り場へ人がくるとも考えにくいことです。ましてや人が残したネットへ魚を入れるでしょうか。不思議に思っていますと、またしてもさっきまで晴れていた空が昨日と同じように分厚く曇っています。すっかり怖くなり、そそくさと魚を放して自転車を停めてある場所にきますと、秋晴れの快晴で雲なんかありません。

 それ以降もうその場所に一人で行くのをやめてしまいました。


 さて、それから何年かしまして、初雪も降ったというのに友人がバイクを買いました。バイク買ったから見に来いよと誘われましたので、夕方でしたが見に行きました。当然見てるだけでは面白くありません。普通の道路はもう凍結していて所々轍も深いので、サイクリングロードで走らせようということになりました。私は自転車で着いていくことにしましたが、例の体験があるので暗くなってからは嫌だなと思いつつもついていきました。

 遊んでいると案の定暗くなってしまい、真っ暗な橋まで行って帰ろうということになりました。バイクと自転車で並走しながら、以前ここで起きた事をバイクの友人に語っているときでした。真っ暗になったサイクリングロードを照らしているのは友人のバイクのライトだけです。

 ふと話がとぎれて二人一緒に前を向いた時です。
三角頭巾を付けた死に装束の老婆が飛ぶようにライトの光を横切ったのです。二人とも走りながら硬直してしまいました。「みたか?」「みたみた・・・」 「老婆だったな?」「老婆だった・・・」 お前はバイクに掴まれと言われたのでシートの後ろにあったバーを握り、自転車では出せないスピードで一目散に逃げ帰りました。


 心霊スポットである神居古潭では一度も怖い体験がないのに、嵐山ではこんなにも体験があります。



江丹別町共和

 死に装束の老婆を見てから数年後、私は単身関西へ移住しました。ある年に里帰りしたときの話です。

 私には4つ離れた弟がおりまして、その頃になると彼ももう中学生になり話題のレベルも似たものになってきました。そんな彼も体格がよくなってお互い同じ遊びもできるようになります。弟の夏休みのある日、二人で肝試しにいこうということになり、あのサイクリングロード方面へ行くことにしました。

 出発したのはまだ夕方で、サイクリングロードにはまだ夕日があります。嵐山を過ぎると江神橋があって、そこから江丹別へ向かう道があります。この辺りで真っ暗になってしまいました。日が落ちると急激に気温が低くなるのは北海道ならではの気候です。空気の冷える時間より道路の冷える時間の方が早いようで、全く車の走らない道路を我が物顔で走っていると、道路の上に霧が沸いてきました。

 道路の街灯があるのでさほど怖くないですが、山間の道に霧がでるとそれはそれで怖いものです。

 二人で怖い話をしながら走っていると、嵐山から共和へと入りました。弟があれは何?と聞きます。見ると左手の山の斜面に何かの光が瞬いています。斜面に立つ家か何かじゃないか?と言いながらその山を見ますと、光は1つだけではなくいくつもあります。視界の右側に光が出たと思えば今度は左側、よく見れば斜面のあちこちにゆらゆらと光があります。

 それはまるで松明を持った人が山の中に何人も広範囲に渡っているかのようです。なんだこれはと思っていると弟が言いました。
「兄ちゃん、あれって狐火ちがうの?」

 お互いに顔を見合わせると一目散にその地域を走り抜けました。鬼火とか狐火とかを見たはじめての事例です。



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