安息日 過越の祭り 七週の祭り・五旬節(ペンテコステ) 贖罪の日 仮庵の祭り



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2000/ 6/22  UP


 人類のほとんどは例外なく皆休日を楽しみに待っています。休日というのは、人間の生活を支える様々な日常的な苦労からの休息であるからです。神自身も昔からこの利点をよく認識していました。苦汁に満ちた日々が延々と続くと人は心がかたくなになってしまい、御霊のことについての感受性が鈍くなることを知っていた神は、休日という制度を定めています。しかし、ただ単に日常の決まりきった仕事を中断するためにだけ、特別な日を定めたわけではないようです。モーセの時代には神は霊的な目的をも達成できる「聖日」という日を定めました。祝いと祭りが啓示によって定められたのは肉体に休息を与えるためであると同時に、霊を高めるためでした。モーセの律法のその他の部分と同様に、祝いと祭りもやはり、キリストがその中心です。

 古代イスラエルの民は、1年のうちかなりの数の日を祭りと断食と祈りのための日として設定していましたが、安息日のほかに特に重要なものとして次の4つがあり、過越の祝い五旬節の祝い贖罪の日仮庵の祝いとなっています。過ぎ越しと五旬節と仮庵の祝いは喜ばしい祝いで、その起源は、歴史上の出来事や収穫の時期と深い係わりがあって贖罪の日は国をあげて心を砕き、悔い改めを行う日です。

 こうした聖日は、イスラエルのために神が定めたものです。この聖日には、イスラエルの男は皆、「主なる神の前に(ここでは幕屋にという意味で、後には神殿にという意味)」出るように命じられています。これは創り主に忠誠を誓うという象徴です(申命記16章16節、レビ記16章29〜34節)。このようにしてイスラエルには、1年に4回の休息をとって、神の祝福に思いをはせる機会が与えられました。さらにまた、


こうした聖日が定められた目的は、主イエス・キリストの性格と使命の中で特別な面を強調することにあります。






安息日



 神の聖日の中でも最も重要で、最も頻繁にあったのが安息日です。現在は「日曜日」が安息日に指定されています。この日は他の聖日と同様に、神がアダムに与えられた「一生(創世記3章17節)」苦しんでパンを得よという戒めから、全人類を解放したした日です。安息日は定期的な休息であって、もしこれがなければ、生活はひどく単調なものになっていたことでしょう。人は7日につき1日に休息して、心を新たにし、回顧することが赦されています。安息日には、人は次の3つの重要な出来事を思い起こすことになっていました。


天地創造は、人類の進歩のためにイエス・キリスト(エホバ)が行ったものであること。
イスラエルがエジプトの束縛から解放されたのは、エホバの力によること。
キリストの復活によって、全人類が不死不滅になるという約束が果たされること。


 人は自分自身の仕事を中断して、「みよ、人に不死不滅と永遠の命をもたらすこと、これがわたしの業であり、わたしの栄光である。(モーセ1章39節)」という神の業に思いを向ければ、神に近づくことができるでしょう(1ペテロ3章18節)。これこそ、安息日の目的であると同時に、あらゆる祝いと祭りの目的でもあります。どの聖日でも様々な儀式が行われましたが、これはイスラエルが解放者であり贖い主であるエホバ(キリスト)を思い起し、神との契約を新たにする助けを果たしています。聖日は皆、祝祭日であって、祭りや祭礼、あるいは厳粛な集会や断食や祈りによって、厳格に守られていました。






過越の祭り


 過越の祭りは、種入れぬパンの祭りと共に、イスラエルエジプトの圧政から解放されたことを記念する祭りです。祭りはニサンの月である現在の3月後半の15日に始まり、7日間続きました。この祝祭の主たる部分は、過越の食事、すなわち苦菜と種入れぬパンと小羊を焼いたものの食事です。小羊は、祝祭が始まる前の夕暮れにほふり、家長である父親がその血を家の入口の柱とかもいに塗ることになっていました。過越の食事を準備して、食べるに際しては、厳格な規則が適用されています。小羊は完全に焼かなければならず、その骨を一本たりとも折らないようにする必要がありました。家族は皆、立ったまま急いで食べて、食べ残した小羊の肉は火で焼き尽くすことになっていました。

 この儀式によってイスラエルは、苦菜のように本当に苦しかったエジプトでの捕らわれの日々のことを思い起こし、神がその境遇から救い出してくれた事を思い出します。この時も、民は7日の間種入れぬパンを食べて、自由への旅が始まる合図を待っていました。しかし、この儀式の最も重要な意味は、歴史上の事件にあるわけではありません。この祝祭の儀式の詳細が定められた目的は、


イスラエルの解放について証するためだけでなく、その解放者について証するためでもあります。






七週の祭り・五旬節(ペンテコステ)


 古代イスラエルで行われた祝祭のうち、1年を通じて第2に主要な行事は、七週の祭りです。キリスト教徒には、五旬節あるいはペンテコステという言葉はギリシャ語から出たものであって、「50日目」という意味です。この祭りの長さは1日で、過越の祭りの後7週目、すなわち「49日」後に行われています。それは5月の末か6月の初めにあたり、この時期は特に重要となっています。それはこの日が新しい麦の収穫を開始するきっかけとなっているからです。この日、祭壇の上に置かれる供え物の中には、麦の束もあります。これは人々にとって、人は土地を耕して種を撒き、取り入れをしますが、神こそが収穫を増し加えてくれる真の御方という重要な意味となっています。

 この地球を創造して、その地球に物を生産する強さを与えたのは神であり、雨を送って生物が成長するように太陽で照らしてくれるのは神なのであるというのがもこの祭りの目的あって、イスラエルの民が真心からこぞって「地と、それに満ちるもの、世界と、その中に住む者とは主のものである(詩篇23章1節)」と言えるようになることでした。

 しかしながら、この日の犠牲を見てみると、さらに重要な要素があります。この日には、2頭の小羊と2頭の雄羊と1頭の雄牛が、罪祭および酬恩祭として捧げられて犠牲の祭壇の上で焼かれました。この儀式からわかることは、祭りの目的は、


イスラエルが罪の赦しを受けて、神と和解することにあるということです。


 これは仏教における「49日」と何か関連があるのかもしれません。

 当然のことながら、動物の犠牲で実際にこのような贖いや和解をもたらすことでできるわけではありません。これはむしろ、キリストの贖いの血と犠牲の象徴なのであり、また、聖霊の清めの力の象徴です。この聖霊は、あらゆるものを焼き尽くす清めの日にたとえられているものです。つまり、大いる祭壇の上で犠牲を焼くということは、いかにしたらイスラエルの罪が真に赦されるのかということを、前もって表わしていました。ある教会指導者はこの祭りの象徴としての意味と、主の復活の直後のペンテコステの日に何が起きたのかということについて次のように説明しています。

 「古い神権時代の終結および新しい神権時代の幕開けと共に、ペンテコステの祭りも、宗教礼拝の時として神に認められていた役割に終止符を打った。そして主が、最後の過ぎ越しの祭りに続いてこのペンテコステを選ばれたことには、重大な意味があった。この日は、昔の犠牲の日にこめられていたことがことごとく、永遠にわたるその目的を劇的に成就する役割をになっている汚れも病も、この炎の中で死んでしまうのである。キリストによってもたらされるとヨハネが約束した火のバプテスマとは、人が実際に聖きみたまのおとずれを受ける時、悪意も邪心も、その心の中で火によって焼かれるのがごとくに焼かれてしまうという意味である。

 神会の一員である聖霊の清めの力によって、人は清められる。同じように考えてみよう。昔、祭壇の上で動物の肉を焼く時、その火というのは皆、霊的な清めは聖餐によってもたらされるということを表わしていた。御父は御子のゆえにこの聖餐を送って下さるはずであった。いわゆるキリスト教時代の最初のペンテコステの日のことであるが、もし古い秩序がそのまま生きていたら、前に述べたような火が、聖めの象徴としての役割を果たしていたことであろう。しかしながら、主がこの日をもって、天から生ける火を送る日とされたことは、いかに適切なことであろうか。この火は人の心の中に住まい、昔の祭壇上のあらゆる火と永久にとって変わることになっていたのである。この様子は次のように書かれている(使徒行伝2章1〜4節)。」






贖罪の日


 ユダヤ暦の7月、現在の1月10日に行われるものです。ヘブライ暦の中、あらゆる宗教的な祭日のうち、この贖罪の日が最も厳粛で最も神聖な日とされていて、あらゆる人の働きが中止されて、お祭り騒ぎや浮かれ気分もありません。むしろこの日は、祈りによって心に苦しみを感ずる時であって、自分自身を罪から清める日、また祈りを捧げ黙想して、自分を振り返って反省する日でした(レビ記16章29節)。贖罪の日を守るにあたっては、モーセの律法全体、すなわち主イエス・キリストの贖いがその中心です。つまりこれがモーセの律法の全てです。律法自体が与えられた目的は、


人がキリストを信じるようになり、救いはキリストの贖いの犠牲によってもたらされるのであり、それ意外の方法では不可能であるということを知るようになるため


 です。あらゆる原則、考え方、教義上の教え、儀式、典礼、そして言葉と行いなど、こうしたことに関するものはことごとく、モーセ及びモーセの後を継いだ予言者たちの行った導きと教えを施す業の中に見出され、またそこから発展したものですが、その律法に従って、キリストをおいては他にもたらすことのできない贖いの完全な祝福にあずかることができるようになるために、またその備えとして律法が与えられています。そして極めて重要象徴が、また最も完璧なひな型が、そして類まれな表象と影が、1年に1回全ての民の前で示されています。これが贖罪の日です。

 毎年1日、第7の月の10日に、レビ神権を持つイスラエルの大祭司、すなわちアロンの座にいる者には、神の宮居の中の至聖所に入る特権が与えられていました。エホバの御前に出るつもりで入った大祭司は、そこで民の罪のために贖いをしています。様々な犠牲と象徴として行っている間に、大祭司は自分を清めて、神の住まいそのものを清め、権能者全体を清め、そして民をすべて清めました。犠牲の動物がほふられて、その血が贖罪所の上や祭壇の前に塗られます。香が焚かれてとりなしを表わす象徴としての儀式がことごとく行われました。

 ここでひとつ重要なことがあります。やぎが2頭選ばれ、くじびきの上で、1頭にはエホバの御名が与えられて、もう1頭はアザゼル、すなわち身代わりのやぎと呼ばれています。その後エホバの名を付けたやぎは、後にキリストが犠牲となるようにしてほふられています。つまり、


これは旧約の時代から、エホバはキリストとして降誕して、その後全人類の犠牲となることがわかっていた証拠です。


 残った1頭、つまり身代わりのやぎには、民のあらゆる罪が委ねられていて、そのやぎはそうした罪の重荷を担って荒野へ引かれて行きます。大祭司は律法の定めに従って、「その生きているやぎの頭に両手をおき、イスラエルの人々のもろもろの悪と、もろもろのとが、すなわち、彼らのもろもろの罪をその上に告白してこれをやぎの頭にのせ(レビ記16章21節)」、ます。こうしてやぎはその身に「彼らのもろもろの悪をになって人里離れた地に行(同22節)」かされます。


これはちょうど、約束されたメシアが多くの人の罪を背負うのと全く同じです。


 30節には、「この日にあなたがたのため、あなたがたを清めるために、あがないがなされ、あなたがたは主の前に、もろもろの罪が清められているからである」とモーセが言っています。

 本来、罪と言うものはバプテスマの水の中で赦されるものであり、イスラエルでも当時はバプテスマは行われていました。しかし同時に、バプテスマの後に犯した罪を悔い改めた人々に対しても自由を与える方法を備えておく必要があります。このことを理解しておくと、毎年行われる贖罪の日の儀式の中で、エホバがバプテスマの水で交わした契約を新たにして、それに関わる律法に完全に従った時にもたらされる清さを、再び祝福として受けるための方法が備わっているということにも気づくでしょう。人が清められた状態になるためには、聖餐を受けなければならないということです。

 贖罪の日に行われた様々な儀式の象徴と意味については、パウロヘブル人に宛てた書簡の中で説明しています。パウロは、幕屋(神殿)を「地上の聖所」と呼んでいのすが、この中で毎年犠牲の儀式が行われて、レビ神権者が人々の罪を贖い、人々が至聖所に入る備えをしています。こうした儀式は、「改革の時」まで続くことになっており、それはキリストが、「さらに大きく、完全な幕屋」の大祭司として来る時であって、この時に、キリスト自身が血を流すことによって、自分とあらゆる人のために備えをなして、天の幕屋で「永遠のあがない」を全うします。

 古い律法というのは、「きたるべき良いことの影をやどすにすぎ」ません。「なぜなら、雄牛ややぎなどの血は、罪を除き去ることができないからである・・・しかるに、キリストは多くの罪のために一つの永遠のいけにえをささげた後、神の右に座(ヘブル9章10節)」すものです。モーセの律法下の儀式は、いかに完璧にキリストについて証していたことでしょうか。救いはキリストによってもたらされ、あらゆる人はその聖なる名によって、とこしえに永遠の御父を礼拝するように戒められています。






仮庵の祭り


 幕屋の祭り、あるいは取り入れの祭りとも呼ばれる仮庵の祭りは、贖罪の日の5日後、ヘブライ暦7月にあたるチスリの月の15日に行われています。これは現在の9月末から10月初めにあたり、仮庵の祭りは安息日に始まって安息日に終わり、8日間続くことになります。この祭りの際立った特徴は、一時的な小屋、あるいは仮庵の木の大枝を使って立てることにありました。これによって民は、祭りの最中をこの仮庵の中で過ごしています。これによって民は、シナイ半島の荒野で40年にわたってが示した愛と、従順であれば約束の地に永遠に住むことができるという祝福とを思い出しています。

 過越の祭りの時には、家族や部族がそれぞれ小羊をほふってこれを食べたために、ほかの時よりも遥かに多くの犠牲が捧げられています。ほかのイスラエルの祭を全部まとめたものよりも遥かに多い数の雄牛、雄羊、小羊、やぎが祭司たちによって犠牲として捧げられられました。この祭りが、取り入れが全て完了したことを祝う祭りであるということは、


あらゆる国民をエホバのもとに集めることが、イスラエルの家の使命であるという福音の真理を象徴しています。


 集合は現在進められていますが、福千年の日に「主は全地の王になられ」で、キリスト自身が治める時まで完了はしません。その日には、次に書いていることが成就するでしょう。

 『もろもろの国びとの残った者は、皆年々上ってきて、王なる万軍の主を拝み、仮庵の祭りを守るようになる。地の諸族のうち、王なる万軍の主を拝むために、エルサレムに上らない者の上には、雨が降らない(ゼカリヤ書14章9〜21節)』

 この日こそ、律法がシオンから出て、神の言葉がエルサレムから出る日です。明らかに、その日、仮庵の祭りが守られるとすれば、その儀式の執行方法は、新しい福音の秩序に従って変えられて、昔のモーセの律法が採用されることはないと考えられます。

 仮庵の祭りの時には、神聖な集会が開かれており、この時もこの集会は聖会と呼ばれていたと言われています。現代の聖会において、人々はホザナの叫びを上げますが、これは古代の仮庵の祭りにも共通していました。ただ古代のイスラエルでは、「神よ、御子よ、ホザナ、ホザナ、ホザナ」と叫ぶ喜びの時には、白いハンカチではなく、しゅろの枝を振った天が異なるだけです。イエスが来るまでには、多少の儀式がこの祭りに加えられていますその中には、祭司がシロアムの池へ出かけて行って、金の水差しに水を入れて神殿へ持ちかえり、祭壇の基礎の所にある水盤に水を注ぐというようなことも含まれています。

 これが行われた時には、聖歌隊がハレルという賛美の歌を歌っています。これは、詩篇113から118篇にあたります。『聖歌隊が「主に感謝せよ」と歌い、さらに「救いをもたらしたまえ」と歌い、また終わりにあたって「主に感謝せよ」と繰り返して歌うと、礼拝している人は皆祭壇に向かってしゅろの枝を振った』。これは現在の聖徒がホザナの叫び声をあげる時に行うことと酷似しています。それゆえ、イスラエルの群衆がイエスに会いに来て、木の枝を切ってきて道に敷いています(マタイ21章8節)。つまり、この次の9節で言われた


「ダビデの子に、ホサナ。主の御名によってきたる者に、祝福あれ・・・」と叫んだ時に、仮庵の祭りの儀式の中で最も重要なことのひとつを、キリストに託して言っています。


 彼らは、今神が「いと高き」天からその姿を現して、ダビデの子と共にその救いをもたらしてくれるように祈っており、水を注いだことがこの象徴であると言われています。



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