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2004/ 5/28  序文追加・改訂
2000/ 5/29  序文追加


 エレミヤは旧約聖書の預言者です。ベニヤミンの地アナトテの出であることから、ベニヤミン族の出身であることが考えられます。祭司の家系に生まれ紀元前625〜586年頃にかけて、ユダ王国で預言していました。エレミヤと同時代と言われている預言者は、真鍮版の預言者リーハイ、エゼキエルホセアダニエルなどがいます。エレミヤは前世において、預言者として聖任されていて(1章4〜5)、預言者として活動した40年の間、エレミヤはユダヤ人の中に見られた偶像礼拝と不道徳を糾弾しています(3章1〜5節、7章8〜10節)。他の預言者と同じようにイスラエルの民の滅びに関する預言が多く見られていますが、エノクのように(モーセ7章41〜69節)、救い主の降臨や末の日における神の教会と、その民の回復を見ることを許された数少ない人です(25章)。

 エレミヤは絶えず抵抗と屈辱を受けており(20章2節、36章18〜19節、38章4節)、紀元前586年頃のエルサレム陥落後、エジプトへ逃げたユダヤ人たちに連れて行かれ(43章5〜6節)、言い伝えによるとその地で彼は石で打ち殺されています。


 第1〜6章には、ヨシヤの治世に与えられた預言が記されています。
 第7〜20章には、エホヤキムの時代の預言が記録されています。
 第21〜38章には、ゼテキヤの治世のことが取り上げられています。
 第39〜44章には、数々の預言と、エルサレム陥落後の歴史上の出来事が述べられています。
 第45章は、彼の命は守られるという約束が、エレミヤの筆記者バルクに対して与えられています。
 第46〜51章は、諸外国に対する預言です。
 第52章は歴史的結末です。


 エレミヤの預言の幾つかは真鍮版の預言者が手に入れた「ラバンの真鍮版」にも含まれていました。エレミヤ書には、人の前世とエレミヤの予任に関する記述や(1章4〜5)、イスラエルの集合についての預言があります(3章12〜19)。主(キリスト)は多くの人を遣わして世界中からイスラエルの民を探し、また北の地(アルザル)からも民を集めると預言されています。末の日に起こるこの奇跡は、モーセがイスラエルをエジプトから導き出したときよりも大きな規模になるでしょう。




 エレミヤは当時の予言者でしたが、悪い人々、特にユダの指導者は彼の言葉を無視しました。エレミヤは神から与えられた教えを宣べましたが、獄屋につながれました。そして、ついにはイスラエルを追われ、エジプトに追放されています。ある教会指導者は次のように語っています。

 「予言者が真理を啓示するとき、民は分かれる。心の正直な者は予言者の言葉を聞くが、そうでない者は予言者を無視するか、反対する。予言者が世の罪を指摘するとき、世の者は罪を悔い改めるよりも予言者の口を閉ざそうとするか、予言者の存在そのものを否定し、勝って気ままに振る舞う。人々に受け入れられるかどうかは決して真理の指標ではない。大勢の予言者が殺されたり、追放されたりしてきた。主の再臨が近づくにつれ、世の民は一層悪くなり、予言者はますます受け入れられなくなっていくであろう。」


 世を真に狼狽させるのは、生ける預言者です。現在でも、過去の予言者の碑を飾って心の中で生ける予言者に石を投げつけるような者が多くいます。これは何故でしょうか。それは生ける予言者は今を生きている人々に、知って行うべきことを語るので、世はその予言者が死ぬか、余計な口出しをしないように望んでいるからです。政治学の権威と自称する者は、政治に関しては預言者に沈黙を求め、同じく進化論の権威と自称する者は進化論について預言者は口をつぐんでほしいと願っています。これはどのような分野についても言えることです。


信仰の試しは、人々の知る必要のある事柄を告げる予言者の言葉にどう答えるか、あるいは耳をふさぐかという点にかかっています。


 神と契約を交わす人々は、義しく神につながっています。古代のユダは、神に反逆してエレミヤの言葉を聞くのを拒んで、そのきずなを断ちきってしまいました。その結果が、バビロン補囚という悲劇になっています。




 預言者エレミヤは、古代の中近東の最も困難な時代を生き、アッシリア大帝国の滅びとそれに続く新バビロニアカルデヤ)帝国の勃興を目撃しました。この混乱期にユダ南王国を5人の王が治めますが、その内4人は王にふさわしくない人物です。エレミヤは来るべき災難を警告して、結局は徒労に終わるも神に立ち返ることを諸国に訴えて、40年間の長い間にわたって神の言葉を宣べ伝え続けました。

 エレミヤの時代の直前のマナセ王の紀元前687〜642年という長い統治時代に、ユダはアッシリアの属国となっています。その状態がメソポタミアの宇宙神を信仰するゾロアスター教カナンの豊饒神イシュタルの信仰が混合した、偶像礼拝の復活を呼びました。律法の書が神殿で見つかり、その内容が民に知らされたときヨシヤ王による大改革が行われるも(列王記下22章8節〜23章3節)、ユダはこの短い改革時代を除いて、エレミヤの時代にはますます霊的に鈍感になってしまいます。神はエレミヤに、目のあたりにした災難を希望に転じる将来の示現を示しました。他の預言者イザヤエゼキエルホセアアモスミカゼカリヤと同じくエレミヤにも、散らされたイスラエルがいつの日か集められて、ユダは所有の土地へ帰り、ついに全イスラエルは強大になることが示されます。

 その示現と預言はエレミヤによって第23章と30章以降に記録され、幾世紀にもわたって、苦しむ国民に希望を与えてきました。それは、回復という末の日の業に重要な位置を占めるものです。



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