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2000/ 9/17  序文追加


 新約聖書の中のパウロが書いた書簡のひとつです。
 パウロがコリントの聖徒に、彼らの中に見られる無秩序を正すために書き送った手紙で、その当時のコリントの人々は天使礼拝を行ったりなど原始キリスト教からはずれて道徳的に邪悪な社会に住んでいました。

 第1章には、パウロのあいさつと感謝の言葉が記されています。
 第2章には、テトスへの個人的な助言が含まれています。
 第3〜7章には、聖徒と指導者の生活における福音の力が取り上げられています。
 第8〜9章には、貧しい人々に喜んで与える人になるようにとの聖徒への勧告が記されています。
 第10〜12章では、パウロが使徒としての自分の立場を明確にしています。
 第13章には、完全になるようにとの勧告が記されています。



 パウロの手紙として知られているものの中で、ピリピ人への手紙とピレモンの手紙は極めて個人的なものであると、一般的に認められています。しかし、コリント人第二の手紙からは、パウロの心の内を深く知ることができます。パウロの行った伝道の業の熱意と重荷に耐えられなかった「御都合主義」の聖徒たちから非難されたことに、彼はひどく心を痛めています。この手紙から、使徒の時代のイエス・キリストの教会と、多くの教会員が敵対心や妬み、恐れを持って互いに争っていたことがわかっています。この手紙には、教義的に深みのあることはほとんど記されていませんが、使徒パウロの人間性を知るのに役立つ記述が数多く見られています。

 コリントのある教会員たちが、パウロの感化力を減らすために公然と彼を非難したことに対して、彼は自分の個人的な生活と、イエス・キリストの使徒としての行いを雄弁と弁護しています。

 パウロはコリントの聖徒に少なくとも3通の手紙を書いていますが、最初の手紙は現在失われています。それらは第2、第3の手紙であって、現在はそれぞれコリント人への第一の手紙、第二の手紙として知られており、第二の手紙は第一の手紙に続いて出されたものです。これらの手紙はその中で暗示されているように、マケドニアで書かれたものです(2コリント2章13節、7章5〜7節、9章2〜4節)。また、パウロは第3回伝道旅行の終わり頃、マケドニアを訪れたとルカが記しているところから、これは紀元57年に書かれたものと思われています。

 パウロは少なくとも次の5つの理由でこの手紙を書いています。


伝道中の自分の業を弁護する。
コリントの聖徒たちが前の手紙を受け取ってから良くなったことを誉める。
自分の個人的な性格と行いを弁護する。
エルサレムに住む恵まれない聖徒たちのたちに惜しみなく物資を援助するように励ます。
コリント人への3回目の訪問をしたいと告げる。


 パウロは急いでその手紙を書き終えた後、テトスにそれをコリントに持ち帰らせています。テトスは二人の同僚と共にコリントに向かっていますが(2コリント8章18節、22節)、その一人はルカであったと考えられています。またパウロは貧しい人々のために惜しみなく物を差し出し、テトスにそれを託すことによって、彼らの愛と彼らがパウロに抱いている誇りとの証にして欲しいと勧めています(2コリント8章24節、9章5節)。



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