聖書用語「さ」行



聖書用語「さ」



災害

罪祭

 モーセが神に授かった律法の中の儀式です。この儀式は人が主に誤って犯してしまった罪に対して行うもので、ささげ物は罪祭を行う個人の経済状況によって異なります。(モーセの律法の犠牲とささげ物罪祭)。

祭司、大祭司

 祭司という言葉は宗教によって違いがあり、聖書において「祭司」とされるのは神から賜わった権能を保持している人のことを指しています。それ以外の「祭司」や「大祭司」は、その国を治めた権力者などが勝手に任命した場合がほとんどで、なんの力も効力も持っていません。祭司に任命されているのは、アロンとその息子たち(民数記3章3節)およびアロンの家系の長子だけが律法の儀式を行うために、子から子への世襲制を条件に与えられています。これは後のレビ族が受け継いだため「レビ神権」と呼ぶ場合があります(ヘブル7章11節)。この祭司の職はキリストモーセの律法を成就したことによって、この制限は取り除かれ、教会内で儀式を必要とする場合や祭司の位にふさわしい教会員の男性に与えられました。

 現在ではアロンが最初に祭司になったので「アロン神権」と呼びます(ヘブル7章11節)。キリストが律法を成就する前にアロンの子孫が保持していた祭司の職は、主に犠牲として奉納された動物のを扱ったりしていましたが(出エジプト28章〜30章、レビ記8章)、今日では聖餐の儀式やバプテスマに関する儀式を執り行っています。

 アダムから始まる古代の族長は、祭司よりももっと責任のある「大祭司」として召されており、聖典内では「祭司」と定義する場合「大祭司」を指している場合が多く見られています。祭司が儀式の儀礼を行うのに対し、大祭司の仕事は一般の人々のために、聖霊を授ける按手や病人の癒しなどの儀式、教会の管理運営など、神に対して宗教上の儀式を執行します。これは古代のエルサレムであった「サレム」の王メルキゼデクの名をとって「メルキゼデク神権」と呼ばれています(ヘブル6章20節)。新約聖書の時代には、祭司の職が2つあることをパウロが示しています(ヘブル7章11〜28節)。

 「メルキゼデクはいと高き神の祭司であった(創世記14章18節)」 「あなたはメルキゼデクの位にしたがってとこしえに祭司である(詩篇110篇4節、へブル5章6節、6章20節、7章17、21節)」 「わたしたちを、その父なる神のために、御国の民とし、祭司として下さった(黙示録1章6節、5章10節、20章6節)」

再臨

 福千年の初めに、パリサイ人たちによって殺された後に甦ったイエス・キリストが、再び地上に降りてくることを言います。この出来事は、地球の厳正の終わりを告げるもので、悪人は地上から取り除かれて、義人は地球が火によって清められている時に雲の中に取り上げられて難を逃れます。キリストが再臨する正確な日時は神だけが知ることとなっており、イエスは再臨が近くなった時を示すしるしを幾つか教えています(マタイ24章3節)。この教義は旧約聖書から知られている古いものです。

 「後の日に彼は必ず地の上に立たれる(ヨブ記19章25節)。」 「すべてのひざはわが前にかがみ、すべての舌は誓いをたてる(イザヤ書45章23節)。」 「人の子のような者が、天の雲に乗ってきて(ダニエル7章13節、マタイ26章64節、ルカ21章25〜28節)。」 「彼らはその刺した者を見る(ゼカリヤ書12章10節)。」 「人が彼に「あなたの背中の傷は何か」と尋ねるならば(ゼカリヤ書13章6節)。」 「その来る日には、だれが耐え得よう。彼は金をふきわける者の火のようであり(マラキ書3章2節)。」 「人の子は父の栄光のうちに来る(マタイ16章27節、25章31節)。」 「その日、その時は、だれも知らない。ただ父だけが知っておられる(マタイ24章36節)。」 「このイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになるであろう(使徒行伝1章11節)。」 「主ご自身が天から下ってこられる(1テサロニケ4章16節)。主の日は盗人のように襲ってくる(2ペテロ3章10節)。」 「主は無数の聖徒たちを率いてこられた(ユダ1章14節)。彼は、雲に乗ってこられる。すべての人の目は、彼を仰ぎ見るであろう(黙示録1章7節)。」

サウル

 旧約聖書中のベニヤミン部族出身の人物で、預言者サムエルによって任命された、イスラエルが統一された時の王です。30歳で王となり、治世の当初は義人でしたが後に高慢になり、神に対して不従順となってしまいました(サムエル上9第16章14節〜31章)。妻の名前はアヒノアムで、サウルの息子たちの名は、ヨナタン、エスイ、マルキシュア、イシボセテ、娘たちの名はメラブ、ミカルです(サムエル上14章49〜50節)。ミカルは後にサウルの後に王となったダビデの妻となっています(サムエル18章27節)。

 「酒」と記されている語は、「泣く」という意味のヘブライ語から派生したもので、ぶどうの果汁、オリーブ油という意味です。聖書の各所に記されている「酒」は、すべてがアルコールを含んだ飲み物ではありません(出エジプト記第22章29節)。

ザカリヤ

 新約聖書に記されているバプテスマのヨハネの父で、エルサレムの神殿で祭司の職を務めていました。天使ガブリエルは、ザカリヤと妻エリザベツに男の子が授けられると約束しましたが(ルカ1章5〜25節)、それを信じなかったので口がきけなくなるという罰を与えられています。息子ヨハネが生まれてから元に戻り、神をほめたたえました(ルカ1章59〜79節)。パリサイ人によって聖所と祭壇の間で殺されています(マタイ23章35節、ルカ11章50節)。

サタン

 神に敵対する悪魔、悪霊の総称で、筆頭は黎明の子ルシフェルであると考えられています(イザヤ書14章12節)。ヘブライ語では「shatana」と書くと言われ、「反対すること」や「苦しめること」といった意味があります。イエスは弟子ペテロを惑わしたと考えられる霊を叱責しました(マタイ16章22〜23節)。また、「龍」、「獣」と呼ぶこともあります(黙示録13章11〜18節)。(へブル文学の表現形式・両義性

サッピラ

 新約聖書中の人物で、夫アナニヤと共謀して神を欺いた罪で死にました(使徒行伝5章1〜11節)。

サドカイ人

 ユダヤ人の中では少数派でしたが、政治的に有力な党派と言われています。彼らはモーセの律法に字義通りに従う厳密な信条と、天使の存在及び、復活と永遠の命の教義の否定によってよく知られていたと考えられいます。(マルコ12章18〜27節、使徒行伝4章1〜3節、23章7〜8節)。パリサイ人とともにユダヤ人議会サンヒドリンを形成していました。(ユダの滅亡と捕囚・聖書の編纂

サマリヤ

 旧約聖書中に出てくる地名で、ソロモン王の後に分裂したイスラエルの北王国の首都です(列王上16章23〜24節)。丘の上に位置するという軍事上の利点から、アッシリア人も3年にわたる包囲の末にようやく占領できたほどです(列王下17章5〜6節)。ヘロデがこれを再建し、セバステと呼んでいます。新約の時代には、サマリヤはヨルダン川西域のパレスチナ中央部全体を指す地名として用いられていました。

サマリヤ人

 聖書中に登場する民で、イスラエル北王国アッシリア人に占領された後に、サマリヤに住んだ人々です。サマリヤ人は、イスラエル人と異邦人の混血であったため、ユダヤ人から忌み嫌われていました。彼らの宗教は、ユダヤ人と異教徒の信仰と慣習の交じり合ったものです。ルカ10章25〜37節の良いサマリヤ人のたとえからは、サマリヤ人がイスラエルの宗教に背を向けていたことで、ユダヤ人が彼らに憎しみを募らせていたことがうかがえます。復活後のイエス・キリストは使徒たちに、サマリヤ人にも福音を教えるように命じました(使徒1章6〜8節)。ピリポはサマリヤの人々にキリストの福音を宣べ伝えて、彼らの間で数多くの奇跡を行っています(使徒8章5〜39節)。(ホセア第10章5〜7節、13章16節)

サムエル

サムエル記

旧約聖書にある書で、サムエル記上サムエル記下の2書があります。

サムソン

 旧約聖書に登場する英雄で、イスラエルの12番目の士師です。ナジル人として神にささげられたサムソンは怪力の持ち主として知られていますが、道徳的な選択と行いにおいて幾つかの過ちを犯して堕落しました(民数記第6章1〜21節、士師記13章24〜16章31節)。

サラ

 旧約聖書中の族長アブラハムの最初の妻です。90歳の老年になってイサクを産みました(創世記18章9〜15節、21章2節)。最初は「サライ」と名乗っていました。127歳で死んでカナンの地キリアテ・アルバと呼ばれていたヘブロンに葬られた後は(創世記23章1〜2節)、ケトラがアブラハムの妻となっています(創世記25章1節)。

サライ

 アブラハムの妻サラによって名前を変えられる前の名です(創世記第11章31節、第17章15節)。

サルゴン2世

 イスラエルの人々をアッシリアに連れ去りその捕囚に関わった人物とされ、シャルマネセル5世の次に即位し、セナケリブ王の父であるといわれています(列王下第17章6節第18章9〜13節、イザヤ第20章1節、アモス第3章12〜15節)。紀元前721〜705年頃の間統治し、サルゴン2世の後はセナケリブが王となっています。(行方知れずの部族

サレム

 イスラエルの都市エルサレムの古代名です。サレムの時代はメルキゼデクが王となっていました(創世記第14章18節)。

サロメ

 新約聖書に登場する人物で、父ヘロデ・ピリポ、母ヘロデヤから生まれた娘です。母ヘロデヤとともにバプテスマのヨハネの首を要求しました(マタイ14章3〜11節)。

サンバラテ

 旧約聖書ネヘミヤ記に登場し、エルサレムを再建するために来たネヘミヤたちを奴隷トビヤと共に妨害した人物です(ネヘミヤ記2章9節〜6章14節)。

サンヒドリン

 新約聖書に出てくる、行政と宗教の両面における、ユダヤの最高議会、最高法廷です。サンヒドリンは、祭司長、律法学者、長老の中から選ばれた71人の議員で構成されていました。聖書の中ではしばしば「議会」と呼ばれています。パリサイ人とサドカイ人で構成されており、キリストや使徒たちを殺した団体として知られています(エゼキエル第8章7〜12節、マタイ26章59節、マルコ14章55節、使徒5章34節)。

三位一体

 創造主としての父である神と、贖罪者として世に現れた神の子キリストと、信仰経験に顕示された聖霊である神とが、唯一の神の3つの姿となって現れたものであるとする説です。多くのキリスト教会が三位はすべて神の現れで、元来一体のものであるとする考え方となっていますが、このHPでは御子聖霊は独立した存在とする説を支持しています。(マタイ第3章16〜17節、使徒行伝第4章12節)。






聖書用語「し」



死(肉体)

 肉体とが分離することです。この肉体の死を第1の死と言う場合があります。アダムエバが善悪を知る木の実を食べる前には、まだ肉体の死はありませんでした(創世記2章17節、3章6〜7節)。彼らが善悪を知るようになってから地上に死が訪れるようになります。しかしこれらはあらかじめ計画されていたことであり、計画の立案者であるイエス・キリスト贖罪によって死が克服されて、この世に来た全ての人が復活するようになりました(1コリント15章21〜23節)。復活は、現世において善を行ったかどうかにかかわらず、全ての人に与えられる賜物です。人はこの世に来ると誰でも1度だけ死を体験しますが、復活した後は二度と肉体としての死はないとする教義をこのHPでは支持しています。

 すべての肉は共に滅び、人はちりに帰るであろう(ヨブ34章15節)。主の聖徒の死はそのみ前において尊い(詩篇116篇15節)。ちりは土に帰り、霊は神に帰る(伝道の書12章7節)。死がひとりの人によってきた(1コリント15章21節)。死と黄泉との鍵を持っている(黙示録1章18節)。

死(霊)

 の死は肉体の場合と違い、に属する事柄からの別離です。これを第2の死といい、神の持つ性質である愛、やさしさ、思いやり、慈しみといった暖かい感情の全てから離れ去ってしまうことを意味しています。黎明の子であったルシフェルと彼に従った天の衆郡の3分の1は、天から投げ落とされたときに霊の死を受け、サタン悪魔などと呼ばれるようになりました(黙示録12章7〜9節)。この第2の死はこの世で人として生きた人々にも訪れます。特に、キリストの光を体験した後に背く事はこの第2の死を受けてしまいます。福千年の前にあるのが福千年を霊として生きなければならない場合で、この世で善行よりも悪行を選んだ人々が行く場所あり、先に投げ落とされて悪魔となった霊たちと同じ場所に1000年の間閉じ込められます(黙示録20章1〜6節)。福千年後に起きる最後の戦いの後に訪れる裁きが最終的に第2の死を決定します。この時にはどんな悪人でも復活して肉体を得られますが、彼らはそれぞれ決められた光栄の祝福によってその後の住む場所を決められていきます(1コリント15章40〜44節、黙示録20章12〜15節)。

 霊の死も肉体の死と同様、アダムエバが善悪を知る木の実を食べてから始まりました。人として生きてはいても、思いや言動など行いが邪悪な人はたとえこの世に生きていたとしても、霊的には死んだ状態となっています(1テモテ5章6節)。この霊の死に打ち勝つにはキリストの贖罪を通して、福音の原則と儀式に従うことが必要です。原則と儀式に従うということは、神のような善の特質が持てる様に、自分に死が訪れるまで努力し続けることです。

 悪を行う者は断ち滅ぼされ(詩篇37篇9節)。肉の思いは死である(ローマ8章6節)。情欲は人を滅びと破壊とに沈ませる(1テモテ6章9節)。罪は死を生み出す(ヤコブ1章15節)。勝利を得る者は、第二の死によって滅ぼされることはない(黙示録2章11節)。この人たちに対しては、第二の死はなんの力もない(黙示録20章6節、12〜14節)。

シオン

 エルサレムにある丘の名で、紀元前10世紀頃にダビデが居城を、また、その子ソロモンがエホバの神殿と壮大な宮殿を建設した場所です。それ以後、聖なる山としてユダヤ民族の生活・信仰の中心となり、エルサレムおよび全イスラエルの象徴となりました。シオンという言葉には、心の清い人々が住む所という意味があります。旧約聖書に登場するエノクとその民が築き、義のゆえに天に取り上げられた町もシオンと呼ばれています。キリスト再臨前にイスラエルの諸部族が集合する場所として、シオンという名の町が、アメリカ合衆国ミズーリ州ジャクソン郡の近くに建設されると言われています。神の聖徒たちは、世界のどこに住んでいるかにかかわらず、その地でシオンを築くように勧告されています。(イザヤ4章5〜6節

 「ダビデの町はシオンと呼ばれた(列王上8章1節)。」 「律法はシオンから出る(イザヤ2章2〜3節、ミカ書4章2節)。」 「贖い主はシオンに来られる(イザヤ59章20節)。」 「町からひとり、氏族からふたりを取って、シオンへ連れて行こう(エレミヤ3章14節)。」 「シオンの山とエルサレムとに、のがれる者があるからである(ヨエル書2章32節、オバデヤ書1章17節)。」

死海

 ヨルダン渓谷南端の塩湖で、「塩の海」と呼ばれています。湖面は地中海の海面より約400m低く、世界最低の窪地にあります。ヨルダン川が流れ込みますが、出口がなく、蒸発がさかんなために塩分は20%以上に達して、生物の棲息は不可能となっています。古代の湖岸近くには、ソドム、ゴモラ、またベラとも呼ばれたゾアルなどの町がありました(創世14章2〜3節)。預言の成就として、また救い主の再臨のしるしの1つとして、死海の水は清くなり、多くの生き物が住むようになると言われています(エゼキエル47章8〜9節)。

死海写本

 1946年から1947年にかけて死海の西北端のヒルベット・クムラン(クムラン遺跡)と呼ばれるユダヤの荒野で、ベドウィンの羊飼いの少年たちがクムラン洞穴から発見した、紀元前2世紀頃にエッセネ派が記した写本です。少年たちは古い羊皮紙の巻物の入った素焼きのつぼを幾つも発見しており、巻物は亜麻布に包まれて7つ発見されました。そのうちの4つの巻物は、現在エルサレムのイスラエル博物館の分館である「書物の神殿(ヘーハール・ハッセーフェル)」に展示されています。ここに展示されているのは、1979年に日本の講談社が、現地で同写本のコロタイプ羊皮紙を使用して原寸大に複製したものです。複製された巻物は『完全イザヤ書写本』、『ハバクク書注解』および『教団規定(宗教便覧ともいい、本来の所有者と思われるクムラン宗団の規定を記したもの)』の3種です。

シギヨノテ

 (ハバクク第3章1〜3節

シケム

 古代の族長アブラハムが、カルデヤウルの地からハランの地を経てカナンに住んだ最初の土地で(創世記第11章31節第12章1節第12章4節6節)、現在はナブルスと呼ばれています。現在のイスラエル国パレスチナ自治区内、北のエバル山と南のゲリジム山の間にあります。

シケル

 旧約時代の貨幣制度の単位で、2べカで1シケル、20ゲラでも1シケル、50シケルで1ミナとなります。(創世記37章28節、サムエル下24章24節、列王上10章29節)

示現

 聖霊の力を通して与えられる、出来事や人物、物事についての目に見える啓示のことです。重要な啓示として、次のような例があります。終わりの時についてのエゼキエルの示現(エゼキエル37〜39章)、の右にイエスが立っているのを見たステパノの示現(使徒7章55〜56節)、終わりの時についてのヨハネの黙示録(4〜21章)、神と創造についてのモーセの示現(モーセ1章)、神に見えたエノクの示現(モーセ6〜7章)。これらの示現の現われは、教派によっては否定されています。しかし、聖書には人々が示現を見るであろうと述べている部分あることも事実です(ヨエル2章28節、使徒行伝2章17節)。

地獄

 聖典の中では地獄について2つの意味を指し示しています。1つは、現世において不従順であった人々が霊界で一時的にとどまる場所のことで、この意味では地獄にも終わりがあることを意味しています。そこで霊たちは完全な福音を教えられて、悔い改めた後に、自分にふさわしい栄えの階級に復活します。また、悔い改めなくても滅びの子とならなかった者は、福千年の間地獄にとどまることになります。この場合その霊たちは星の栄えの栄光に復活します。

 もう1つは、イエス・キリストの贖罪によって贖うことができない霊が永久にとどまる場所を意味します。ここでの意味は、地獄は永久的となり、汚れたままの者たちのために存在することになります。汚れた者の定義とは、サタンとそれに従う者、ならびに福音を受け入れた後にそれを否定した滅びの子です。サタンとそれに従う者たちは、前世から神に敵対していた者であって、肉体を持たずにこの世に降って来た霊たちで、堕天使とも言われることがあります。聖典には、地獄を外の暗闇と表現している個所が幾つかあります。

 あなたはわたしを黄泉に捨ておかれず(詩篇16篇10節、86篇13節)。金持ちが黄泉にいて苦しみながら、目を上げると(ルカ16章22〜23節)。死も黄泉もその中にいる死人を出し(黙示録20章13節)。

士師

 士師とは、ヘブライ語で「裁く」という意味があり、イスラエルの部族に対して助言を与えるなど裁きをしていたと考えられています(士師記第2章16節)。

士師記

シシャク

 紀元前925年のヤラベアムの治世第5年にパレスチナを侵略して、ソロモンの宮殿にあった宝物を奪ったエジプト第22王朝を創設したリビヤの王シェションク1世であると言われています(列王記上14章25節)。(古代エジプト

死者のためのバプテスマ

至聖所

 モーセの幕屋神殿の中で最も神聖な部屋のことです(出エジプト26章33〜34節)。

七十人訳聖書

 紀元前285〜247年にプトロメウス2世フィラデルフスの治世に、エジプトのアレキサンドリアに近いファルスという島で、70人のユダヤ人通訳官が王の招集を受けてモーセの5書ヘブライ語からギリシャ語へ訳したものです。(正典と外典の歴史

使徒

 イエス・キリストが任命した使徒は、ペテロと呼ばれたシモンペテロの兄弟アンデレイエスの兄弟ヤコブ黙示録のヨハネピリポバルトロマイマタイトマスアルパヨの子ヤコブ熱心党のシモンヤコブの子ユダタダイ)、イスカリオテのユダの12人です。キリストを裏切って自殺したユダに代わって、マッテヤが使徒になっています(ルカ6章13〜16節)。他にもバルナバパウロが使徒となりました(使徒行伝14章4、14節)。

 「使徒」に相当するギリシャ語には、「遣わされた者」という意味があります。これは、イエス・キリストが地上で務めを果たしていた時に、最も身近な弟子や助け手となるように選んで聖任した12人の人々に、イエス自身が与えた呼び名です(ルカ6章13節、ヨハネ15章16節)。イエスは昇天の後に、自分の代理人として、自分に代わって務めを果たさせるために彼らを遣わされました。最初の使徒たちも、現在の使徒たちも、彼らはイエス・キリストの神性と死者の中からの復活とを証する、全世界への特別な証人となっています。「キリストの教会は使徒たちや預言者たちという土台の上に建てられる(エペソ2章20節、4章11節)」。

使徒行伝

シドン

 ツロと並んでフェニキアを代表する都市です(イザヤ第23章2〜3節)。現在のレバノン共和国サイダー(saida・シドン)市に当たります(創世記第10章)。邪悪な行いにより、エゼキエルから滅亡の預言が告げられました(エゼキエル第28章20〜23節)。

シナイ山

 中東のシナイ半島にある山で、モーセイスラエル人はエジプトから脱出した後3ヶ月間この近くに宿営しています。この山はホレブ山とも呼ばれています(出3章1節)。ここで神はイスラエルの家のためにモーセに石板に記した律法を授けており、またここで幕屋が建設されています(出19章2節、20章18節、24章12節、32章15節)。シナイ半島のジェベル・ムーサがそれにあたるとされています。神とまみえることができたモーセは、顔から光を放つようになりました(出エジプト第34章29〜30節)。

シナイ半島

 紅海の北端に接している、アラビア半島とアフリカ大陸をつなぐ3角形の半島です。現在はエジプト・アラブ共和国の領地となっており、丘陵性の砂漠が大部分を占めています。モーセがイスラエルの民を率いて脱出した「出エジプト」の期間40年は、ほとんどこのシナイ半島で過ごしました(申命記第2章7、14節)。

シバイ

シバの女王

 紅海の南端に近いアラビアのサベアという所から来た女王です。現在のアラビア半島、イエメン共和国の場所に当たります。当時周辺諸国に行き渡っていたソロモンの名声を聞いて、エルサレムに上ってきました(列王記上10章1〜13節)。

シフラ

 旧約の預言者モーセの産まれる時代に、神を恐れてエジプト王の残虐行為から離れた助産婦です。このエジプト王はヘブル人(イスラエル)の産む女の子は生かし、男の子は殺すように助産婦に命じていました。同じく助産婦であるプアもシフラと同様に神を恐れてエジプト王の命令に従いませんでした(出エジプト第1章15〜22節)。

詩篇

 

ジムリ

 紀元前885年、ユダ王国アサの治世第27年にバアシャの子エラを倒して、イスラエルを7日間だけテルザで統治した王です。イスラエル軍の長オムリによってテルザを包囲され、自ら宮殿に火を放って死にました。(列王上16章9〜20節)。(イスラエル王国とユダ王国の統治者

シメオン

 旧約聖書中の人物で、ヤコブとその妻レアの間に生まれた2番目の息子です(創世記29章33節、35章23節、出エジプト記1章2節)。シメオンはレビとともにシケム人を虐殺しており(創世記34章25〜31節)、ヤコブの祝福もその行いに応じたものとなっています(創世記49章5〜7節)。
シメオンの部族
 シメオンの子孫は、しばしばユダの部族とともに生活しており、ユダの王国の領土内に住んでいました(ヨシュア記19章1〜9節)。シメオンの部族はユダと連合して、カナン人と戦っています(士師記1章3節、17節)。彼らはその後にダビデの軍隊に加わりました(歴代史上12章25節)。

シモン(カナン人)

 新約聖書中の人物で、イエス・キリストが最初に召した12使徒のうちの1人です。熱心党(ゼロテ)出身なので、「ゼロテのシモン」と呼ばれることがあります。また、熱心な人をヘブライ語でカナニウム(Kananim)と呼ぶのでカナン人と呼ばれるようになりました(マタイ10章2〜4節、ルカ6章13〜16節)。記録では「Britain(ローマ時代のイギリス)」で磔にされて殉職したようです。

シモン・ペテロ

詩篇

シャデラク

 旧約のダニエル書に登場する人物で、シャデラクのヘブライ語名はハナニヤです。シャデラク、メシャク、アベデネゴの3人のイスラエルの若者は、ダニエルと共にバビロンの王ネブカデネザルの宮廷に召されています。この3人の若者は、王の食事を拒み(ダニエル1章8節)、王の作った像をも拝まなかったので燃え盛る炉の中に投げ込まれましたが、自分たちの信仰と神が遣わした御使いによって守られています(ダニエル3章1〜18節)。

シャルマネセル3世

 紀元前858〜824年に古代アッシリアを統治していた王です(列王記上第16章21〜23節)。シャルマネセル3世の前はアッシュールナシルパル2世(BC883〜859)が統治していました。

シャルマネセル5世

 紀元前722(710)年頃にイスラエル王国を攻め取って、多くの人をアッシリアに捕らえて(第2次捕囚)行ったアッシリアの王です(トビト書1章2節)。テグラテピレセル3世に代わり、紀元前727〜721年頃の間統治していたと考えられています。この時のイスラエルの王はホセア、ユダの王はヒゼキヤで、シャルマネセルの後はサルゴン2世が王となっています(列王下17章3〜6節、18章9節〜19章、トビト書1章16〜18節)。捕囚されたトビトニネベ(現イラク)に連れていかれましたが、神の祝福を受けて王シャルマネセルの糧食係りとなっています(トビト書1章10〜13節)。シャルマネセル5世の後はサルゴン2世が王となっています。(行方知れずの部族

シャムガル

 旧約聖書に記されている、エホデの次に士師(さばきつかさ)となった人物です(士師記3章31節)。

シャルム

 紀元前752年に1ヶ月の間、ヤラベアムの子ゼカリヤを倒してサマリヤイスラエル王国を統治した王です。テルザにいたメナヘムにサマリヤで撃たれて王位を奪われました(列王下15章13〜15節)。(イスラエル王国とユダ王国の統治者

シャレゼル

 アッシリアの王セナケリブの息子で、首都ニネベにおいて兄弟アデランメレクとともに父王を殺し、アララテの地へ逃げました(列王下35〜37節)。

酬恩祭

 モーセが神に授かった律法の中の儀式です。これは家族や個人が、神に感謝したり、誓いや聖約を新たにする場合にささげられるものです。(モーセの律法の犠牲とささげ物酬恩祭)。

祝福

 の恵みが人に授かることです。真の正しい幸福、喜び、成功に寄与するものはすべて神の祝福です。神は人に喜びというものが分るために様々な祝福を地上にもたらします。祝福には一定の法則があり、神に従順であることの結果として、また祈りや儀式の答えとして、あるいは神が贈りたいと思う御心の恵みによって祝福が与えられます。祝福された幸いな状態について述べたものとしてよく知られているのが八福の教えと言われるものです(マタイ5章1〜12節)。

 わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し(創世記12章2〜3節)。正しい者のこうべには祝福があり(箴言10章6節)。忠実な人は多くの祝福を得る(箴言28章20節)。主は天の窓を開いて、あふれる恵みを注がれる(マラキ3章10節)。八福の教えによって祝福が約束される(マタイ5章1〜12節)。小羊婚宴に招かれた者は、さいわいである(黙示録19章9節)。

じゅごんの皮

 契約の箱を覆う皮です(民数記4章6、8、10〜12、14節)。

出エジプト記

シュネムの婦人

 預言者エリシャに自宅の部屋を貸し与えた人物です。彼女たちには子どもがなかったので、エリシャは子供が授かるとの祝福をしました(列王記下第4章8〜17節)。

十戒

 モーセシナイ山で神に授けられた律法です。(出エジプト第20章

シュル・ヤシュブ

 預言者イザヤの息子の名です(イザヤ7章3〜4節)。

しゅろの町

贖罪

 神に対して人を執り成すことです。聖書に書かれている贖罪とは、の行いに対する罰を引き受けて、それによって悔い改める人から罪がもたらす影響を取り除き、神との和解をすることです。イエス・キリストは全人類のために完全な贖罪をすることができる唯一の存在となっています。イエス・キリストが完全な贖罪を成し得たのは、この世が造られる前に天上の大会議において選ばれ、あらかじめ予任されていました(モーセ4章1〜2節、アブラハム3章27節)。この贖罪には、ゲッセマネの園において全人類の罪のために苦しんだことや、その苦しみによって血を流したこと、またそれに続く墓からの復活が含まれています(イザヤ書53章3〜12節)。

 この贖罪によって、すべての人が不死不滅の体をもって死者の中からよみがえるようになりました(1コリント15章22節)。また贖罪とは、罪の許しを受けて、永遠に神と共に住む道を人々のために備えるものとなっています。しかし、責任を負う年齢に達して律法を受け入れた人は、イエス・キリストを信じる信仰を持ち、罪を悔い改めて救いの儀式を受け、神の戒めに従うことによってのみ、これらの祝福にあずかることができるとされています。責任を負う年齢に達していない人と律法を持たない人、贖罪によって贖われることになっています。真鍮版には、キリストによる贖罪がなければ、いかなる律法も儀式も犠牲も神の正義の要求を満たすことができず、人は神のもとに戻ることはできないと記されています(2ニーファイ2章、9章)。

贖罪の日

 旧約聖書レビ記の定めにより、ユダヤ暦の7月、現在の1月10日に行われるものです。断食をして身を苦しめ、大祭司が至聖所にはいって贖罪の儀式を行った大祭日です。

シラ

旧約聖書中の人物、セムの3男アルパクサデの息子です。

シラス

 新約聖書中に出てくる人で、使徒行伝にシラスについての記述があります。彼は使徒や長老たちの協議の末にバルサバ(ユダ)と一緒にアンテオケに派遣されています(使徒15章22節)。その後パウロと一緒にシリア、キリキヤ、テルベ、ルステラ、フルギヤ、ガラテヤ、ムシヤ、そしてトロアスから船出してサモトラケに着き、翌日にネアポリス、そしてピリピに向かっています。そこで占いの霊に憑かれた女奴隷の霊を祓ったところを彼女の主人らに見られてしまい、役人に訴えられて投獄されました(使徒16章16〜21節)。彼らは鞭打たれますが、自分たちがローマ人であることを明かすと牢獄から出されました(使徒16章37〜39節)。

シリア(スリヤ)

 西アジアの地中海に面する一帯の地域です。聖書にあるアラムの地で、シリア、レバノン、イスラエル、ヨルダンおよびトルコの一部にあたります。現在はシリア・アラブ共和国の略として「シリア」と呼ばれ、大部分は台地状のシリア砂漠からなり、住民の大部分はシリア系アラブ人で、イスラム教徒です。第一次世界大戦までは、オスマン‐トルコ帝国領でしたが、大戦後フランスの委任統治領となり、1946年独立しました。1958年にエジプトと合併してアラブ連合共和国を結成しますが1961年離脱しています。農業が主な産業で、首都はダマスカス(ダマスコ)です。

 聖書中に登場する主なシリアの王は、レゾン、へジョン、タブリモン、ベネハダデ1世、ベネハダデ2世、ハザエル、ベネハダデ3世、レヂンなどがいます。イスラエルと敵対する場合が多くありました。

シロ

 ヨルダン川西方のシケムべテルの中間付近にある、ヨシュアカナンの地を征服した後に神殿として会見の幕屋を建てた場所です(エレミヤ第7章12節第26章1〜9節、サムエル上第1章4〜5節第1章9節)。「シロア」と発音する場合もあります。

箴言

信仰

 聖書で定義する信仰とは、イエス・キリストに対する確信と信頼を示し、この確信と信頼から成るキリストへの信仰は人を救いに導く力を発揮します。信仰には、まだ見ていない真実のことを待ち望むことも含まれます(ヘブル11書1節)。神から遣わされた正当な権利権能を持つ者が教える福音や奥義を聞くことから始まります(ローマ10章14〜17節)。奇跡は信仰から生み出されるものであり、奇跡によって生じた信仰は根が浅く枯れやすい。それは奇跡を生み出す原動力であるキリストへの信仰が目安となります。この信仰は奇跡や示現、夢、癒し、が聖徒に授けるあらゆる賜物をもたらします。この信仰の欠如は自分本位な利己的考えを生み出し、最後には犯した罪悪によって絶望に至らしめるものです(マタイ27章3〜5節)。

 義人はその振興によって生きる(ハバクク2章4節)。あなたの信仰があなたを救ったのです(マタイ9章22節、マルコ5章34節、ルカ7章50節)。あなたがたの信仰どおり、あなたがの身になるように(マタイ9章29節)。からし種一粒ほどの信仰があるなら、あなたがたにできない事は、何もないであろう(マタイ17章20節、ルカ17章6節)。わたしはあなたがの信仰がなくならないように、あなたのために祈った(ルカ22章32節)。イエスの名が、それを信じる信仰のゆえに、この人を強くした(使徒行伝3章16節)。信仰は神の言葉を聞くことによる(ローマ10章17節)。もしキリストがよみがえらなかったとしたら、あなたがたの信仰もまたむなしい(1コリント15章14節)。信仰は愛によって働く(ガラテヤ5章6節)。あなたがたの救われたのは、恵みにより、信仰によるのである(エペソ2章8節)。

真鍮版

 紀元前600年頃、滅亡する直前にエルサレムを神の手によって、アメリカ大陸へ脱出した人々によって金属板に記された記録です。ここでは「真鍮版」として表記していますが、実際は金によるものも含まれており、これらの総称を一般的にモルモン書として呼ばれています。現在は末日生徒イエスキリスト教会の標準聖典に指定されており、1830年に英語による初版がアメリカ合衆国ニューヨーク州パルマイラの地において発行されました。この金属板には古代エジプト語、カルデヤ語等で彫りによる書体で記されています。これらは幾つかの人種による古代の記録であり、その時代の預言者や版を託された王族等によって代々受け継がれきました。古いものから順に、バベルの塔の時代にアメリカ大陸に渡ってきた人々(エテル書)、紀元前600年頃にエルサレムから脱出した人々(真鍮の版)、この他にニーファイの版と呼ばれるものは大版と小版が、モルモンの版と呼ばれる大版から短く纏めたものとモルモンと呼ばれる人物が記した歴史、その息子モロナイが付け加えた記事があります。成立年は紀元前600年頃から紀元400年頃とされています。

 この版は、現在ネイティブアメリカンと呼ばれる人々の先祖について記されている数少ない記録となっています。また南北アメリカ大陸で発掘される地上及び地下、海底の遺跡についても、手がかりを知る重要な記録になっています。

神殿

 ヘロデ大王によってエルサレムに建てられたヘロデ神殿は、紀元前1000年頃のソロモン神殿、またバビロン補囚後の紀元前520年頃にゼルバベルらによって建てられたゼルバベル神殿(エズラ第2章1〜2節第4章23〜24節、第6章14〜15節)に続くもので、第3神殿とも称されますが、ヘロデがこの威容を誇る神殿を建てたのはユダヤ人の人気を得ようとしたためであると言われています。紀元前37年に一部が焼失しましたが、建築工事の大部分はイエスが地上に来る前に完了していました。イエスがまだ12歳の時に、博識な学者や教師を驚かせたのも、死を前にした最後の1週間という公式の伝道の最後の場としたのもこの神殿です。後の紀元70年にはローマ人によって破壊されました。

 旧約の時代は移動式の正式な神殿が造られる前に、エジプトを脱出してシナイ半島に宿営したときと、ヨシュアカナンの地を征服したときにシロにおいて神殿の機能を持つ「会見の幕屋」が造られていました(ヨシュア18章1節、エレミヤ7章12節)。

申命記

新約聖書

新約聖書外典






聖書用語「す」



過越の祭

 が古代ユダヤ人に与えた休日の一つです。紀元前13世紀頃に、預言者モーセ率いるイスラエル人が圧政下のエジプトを脱出した記念の祭で、ユダヤ暦の1月14日の夜、小羊の肉を食べて祝うものです。過越の祭が終わった50日目には五旬節という祭があります。(聖書における祝いと祈り)。

スサ

 エステル記1章2節に記されている、現在のイラン、デズフールの近くにある古代ペルシア王国エラム州の首都です。アハシュエロス王統治は、周辺国のインドからエチオピアまでの広大な土地を治めていました(エステル1章1節)。エステル記に記されているエステルはペルシア王アハシュエロスの王妃です。

スリヤ

 口語訳聖書では現在のシリアをスリヤと表記されています。






聖書用語「せ」



聖見者

聖書

 神聖な啓示を載せたヘブライ語文献とキリスト教文献の集大成の書です。聖書を表すバイブルという言葉には、「書物」という意味があり、の御霊の感化のもとに働いた、多くの預言者と霊感を受けた記録者が書き残したもの、と一般に言われています(第2ペテロ1章21節)。キリスト教徒が用いる聖書は、「旧約聖書」並びに「新約聖書」として広く知られる2つの部分から成っており、旧約聖書は、神がこの世で努めを果たしていたときに、パレスチナのユダヤ人の間で用いられた聖典で、新約聖書は、使徒の時代に属する記録を含み、ユダヤ人の聖典と同じ神聖さと権威を備えていると見なされています。

 旧約聖書の各書は幾世紀にも及ぶ民族的文学の中から選ばれたものであって、そのほとんどがヘブライ語で書かれました。一方、新約聖書の
各書は1世代の間に、おもにギリシャ語で記録されています。旧約聖書の「旧約」とは、古い契約(聖約)の意味で、古い契約とは、この世が始まって以来神の民が受けてきた完全な福音をイスラエルが拒んだ時に、モーセに与えられた律法のことです。新約とは、新しい聖約(契約)をキリストによって教えられたままの福音のことです。

 ヘブライ語聖書である旧約聖書の各書は、律法、預言者、諸書の3つに分類されましたが、キリスト教界の中で用いられた聖書は、その内容により歴史書、詩歌、預言書などに分類されています。新約聖書の各書は、一般に4福音書(マタイマルコルカヨハネ)と使徒行伝、またパウロの手紙ヤコブペテロヨハネユダの公同書簡、ヨハネの黙示録の順序で配列されています。

聖書外典

 ユダヤ人が神聖なものと見なした諸書で、ヘブライ語聖書には含まれませんでしたが、幾つかのキリスト教会の聖書には収録されているものです。これらの書物は旧約聖書と新約聖書の歴史的つながりを知るうえで役立つことが多く見られています。この聖書外典は大部分が正確に翻訳されていますが、一部には不必要な書入れが見られるので、御霊に照らされない限り正確な情報は得られにくくなっています。

聖霊

 神会を構成する3つの存在の一人で、神エロヒム御子ヤハウェ(イエス)と共に救いの業に従事しています。彼は神や御子と違い、骨肉の体は持っておらず、霊体で存在して、しばしば御霊、神の御霊と呼ばれます。聖霊は救いの計画の中で幾つかの重要な役割があり、それは御父と御子の証(1コリント12章3節)や全てのことについての真理を明らかにするというものです(ヨハネ14章26節、16章13節)。聖霊はイエスバプテスマを受けたときに現れました(マタイ3章16〜17節)。(創世記第7章7節

 聖霊の力は聖徒だけに及ぶものではなく、一般の人々にも多大な影響を与えて、キリストの福音が真実であることを証します。しかし常に聖霊の影響を受けるためには神からの権能を保持する者による正当なバプテスマを受けた後に、セムの系統の権能であるメルキゼデクの権能による按手が必要となります。イエスは、聖霊に対する冒涜以外は全ての罪が赦されると教えています(マタイ12章31〜32節、マルコ3章28〜29節、ルカ12章10節、へブル6章4〜8節)。(ヘブル10章15〜17節)

聖霊の賜物

 回復された教会に入るためのバプテスマを受けた人は、正当な権能を持つ人の按手という儀式によって聖霊の賜物を受けることができます。賜物は種々あって、人の能力を極限にまで高める作用を及ぼすことができます。賜物は能力だけでなく、実際に聖霊を感じてその影響を「霊感」として受ける権利が教会員にあり、この影響は教会に属していない人も必要に応じて受けることがあります。賜物は聖霊によるものだけではなく、御霊による賜物があります。

 「聖霊の賜物を受けることは、しばしば火によるバプテスマと呼ばれる(マタイ3章11節)。」 「人々は、悔い改めてバプテスマを受け、聖霊の賜物を受けるように命じられている(使徒2章38節)。」 「ペテロとヨハネは按手によって聖霊の賜物を授けた(使徒8章14〜22節)。」 「聖霊は按手によって授けられる(使徒19章2〜6節)。」 「霊の賜物は種々ある(1コリント12章4〜10節)。」 「更に大いなる賜物を得ようと熱心に努めなさい(1コリント12章31節)。」 「あらゆる完全な賜物は、光の父から来る(ヤコブ1章17節)。」

ゼカリヤ書

ゼカリヤ(イスラエル)

 紀元前753年に6ヶ月の間、父ヤラベアムに代わってサマリヤイスラエル王国を統治した王です。邪悪な先祖ヤラベアムの道に従って神に背き、シャルムに殺されて王位を奪われました(列王下15章8〜12節)。(イスラエル王国とユダ王国の統治者

セシバザル

 バビロニア捕囚されていた人を、クロス王の勅命により人々を率いてエルサレムに上ったペルシア帝国ユダヤ州の総督です(エズラ1章8節)。

ゼデキヤ(マッタニヤ)

 紀元前597〜586年の11年間に甥エホヤキン代わって21歳のときにエルサレムユダ王国を統治した王で、ユダ王国の最後の王です。ゼデキヤの父は、異母兄弟エホヤキム(エリアキム)の父ヨシヤ、母の名をハムタルと言い、エホヤキムの道に従って神に背きました(列王記下24章17〜20節、歴代志下36章11〜12節、エレミヤ52章1節)。預言者エレミヤを投獄しましたが、エレミヤやエゼキエルはバビロンの王ネブカデネザルのよってゼデキヤが囚われの身となることを預言します(エレミヤ第32章1〜5節、39章1〜10節、エゼキエル第12章1〜14節、列王記下第25章1〜7節)。

 ゼデキヤの息子たちは一人を除き全員殺されましたが(エレミヤ52章10節)、息子ミュレクは海を渡った西半球へ逃れています(エゼキエル第17章、真鍮版オムナイ書1章15節、ヒラマン書8章21節)。(列王下25章)。(イスラエル王国とユダ王国の統治者ユダ王国歴代統治者

セツ

 旧約聖書中の人物で、アダムエバの息子で義人と言われています。また完全な人であって、その姿はアダムに生き写しのように似ていると記されています(創世5章3節)。この世に来る前は、霊界で力ある者たちの中にあって、この世に来てからは神の姿を見ています(モーセ6章1〜3節、8〜14節)。105歳のときに息子エノスを生み、912歳まで生きています(創世5章6〜8節)。

セナケリブ

 ユダ王国の王ヒゼキヤイザヤが預言していた時代に攻めて来た、紀元前704〜681年頃の間統治したアッシリアの王で、サルゴン2世の息子です(列王下18章13〜19章37節、歴代志下32章1節)。そのとき戦いでは18万5千人の兵が神の使いによって倒されています(列王下19章32〜35節)。アッシリアのニネベに戻って異教の神ニスロクを礼拝していたときに、息子アデランメレクシャレゼルによって殺され、他の息子であるエサルハドンが王となりました(列王下19章36〜37節、トビト書1章21節)。(行方知れずの部族

セニル

 南レバノンにある標高2814mのヘルモン山の別の名です。(エゼキエル書第27章5,10,13〜14、16節

ゼパニヤ書

ゼブルン

 旧約聖書中の人物で、ヤコブとレアの子で10番目の息子です(創世記30章19〜20節)。


ゼブルンの部族
 ヤコブがゼブルンの部族に授けた祝福は、創世記49章13節に記されています。ゼブルンの部族は、デボラやバラクとともにイスラエルの敵と戦っています(士師記4章4〜6節、10節)。彼らはまた、ギデオンとともにミデアン人と戦いました(士師記6章33〜35節)。

セム

 旧約聖書中の人物でノアの息子です(モーセ8章12節、創世記5章32節、6章10節、第10章、10章21節)。聖書ではヤペテの兄がセムとなっていますが、モーセの書ではヤペテが兄となっています。アダムの権能はセムに受け継がれ、後にメルキゼデクと改名しています。伝承によるとアラブ人、ヘブライ人、バビロニア人、シリア人、フェニキア人、アッシリア人を含むセム族の始祖とされています(創世5章29〜32節、第6章10節、7章13節、9章26節、10章21〜32節、モーセ8章12節)。彼の子らはエラム、アシュル、アルパクサデ、ルデ、アラム、ウズ、ホル、ゲテル、メセクです。文献によれば、610年の生涯があったとされています。兄弟にヤペテハムがいます。

セム族

 西アジア・アラビア半島・アフリカ北東部に住み、セム語系の言語を用いる民族の総称です。黒色波状毛、黄褐色の皮膚、直状狭鼻を持ち、アラビア人、エチオピア人、ユダヤ人や歴史上活躍したアッシリア、バビロニア、フェニキア人などを含んでいます。またセム語族とは、北アフリカから西南アジアにわたる大語族で、東方派(アッカド語)と、西方派(西北派=ヘブライ語・モアブ語・フェニキア語・アラム語などと、西南派=アラビア語・エチオピア語に分かれる)に分類されます。すべての語が3つの子音を基礎にして派生していることなどが特徴です。

セラフ、セラフィム、セラピム

 旧約聖書イザヤ書に記されている天使です。(イザヤ第6章2節

ゼルバベル

 旧約聖書中の人物で、クロス王ユダヤ人パレスチナへの帰還許可を与えた時に、ゼルバベルは知事、すなわちユダヤの王家の代表に任ぜられました(エズラ1章8節、3章1〜2節)。ゼルバベルの系譜はダビデの血縁であり、イエス・キリストの先祖に当たっています。彼のギリシャ語名は「ゾロバベル」です(マタイ1章12節)。彼はバビロン補囚後エルサレム帰還時に神殿の再建に従事しました。(エズラ2章1〜2節

ゼルヤ

 旧約の人物でイスラエル王国の王ヤラベアムの母です。(列王記上11章26節)

善悪を知る木(禁断の実)

 創世記第2章17節に記されている木です。この木の実を食べるとなない状態から死ぬ状態へと移行し、アダムエバこれを食べて全ての生き物が死ぬ状態に置かれました。これを堕落と言いますが、堕落は人類が成長するのに必要なものです。

 しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう(創世記2章17節)。その実を取って食べ(創世記3章6節)。見よ、人はわれわれのひとりようになり(創世記3章22節)。

前世

 肉体を持って地上に生まれる前の段階で、男女を問わず神の子供として霊体で生活していました。この状態を第一の位とする書もあります(アブラハム3章26節)。新約聖書ユダの手紙には、この地位を守ろうとしなかった御使いたち(神の子供)を暗闇に縛り付けた記述があります(ユダ6節)。これの意味するところは、サタンとその軍勢の成り立ちの説明であると考えられます(黙示録12章4、7〜9節)。

 わたしが地の基をすえた時、どこにいたか。かの時には明の星は合共に歌い、神の子たちはみな喜び呼ばわった(ヨブ38章4〜7節)。霊はこれを授けた神に帰る(伝道の書12章7節)。わたしはあなたをまだ母の胎につくらないさきに、あなたを知り(エレミヤ1章4〜5節)。われわれは皆、神の子孫である(使途行伝17章28節)。神は天地の創られる前から、わたしたちを選び(エペソ1章3〜4節)。わたしたちはたましいの父に服従して(へブル12章9節)。すべてのものは、それらが地の面に自然に存在するに先立って霊的に創造された(モーセ3章5節)。わたしは世界を造り、また人々を、彼らが肉体にある前に造った(モーセ6章51節)。アブラハムは、世界が存在する前に組織された英知たちを見た(アブラハム3章21〜24節)。






聖書用語「そ」



 イスラエル北王国の王ホセアの時代(BC720〜710)に、アッシリアに背いて使者を送ったエジプトの王です(列王下17章4節)。第24メンフィス王朝(BC818〜715)オソルコン3世である可能性があります。(古代エジプト

ゾアル

 アブラハムの甥ロトが邪悪な町ソドムが滅亡するときに逃れた町です(神の使い)。現在の死海の南端に当たります。

創世記

素祭

 モーセが神に授かった律法の中の儀式です。素祭は、燔祭や酬恩祭のときに犠牲の食物として使用されるものです。材料は主に麦の粉が使われていました。(モーセの律法の犠牲とささげ物素祭

ソドム

 旧約聖書に出てくる町で、ゴモラと共にその邪悪さの故に神によって滅ぼされており、現在は死海の底にあるとされています(創世記19章4〜8節13節24〜28節神の使い、エゼキエル第16章44〜52節)。

ゾパル
 旧約聖書ヨブ記に記されている、ヨブのナアマ人の友人です(ヨブ記2章11節)。

背く

 神に反抗したり、敵対したりするすることで、神が選んだ指導者に従うのを拒んだり、故意に律法や勧告に従わなかったりすることも含まれます。

 「主に背いてはなりません(民数記14章9節)。」 「悪しき者はただ、そむく事のみを求める(箴言17章11節)。」 「そむける子らはわざわいだ(イザヤ30章1節)。」

ゾラ

 旧約聖書士師記の英雄サムソンの生誕の地です。(士師記13章

ゾロアスター教

 古代ペルシアの宗教家「ゾロアスター」を開祖とする、アッシリア後期、古代ペルシアの民族宗教です。ササン朝ペルシア時代に国教となり、最終的な編纂が行われた「アベスタ」を経典としています。世の初めに善、悪2神が存在し、光明・生命・清浄の神アフラ・マズダと、暗黒・死・不浄の神アングラ・マイニュ(アーリマン)との戦場がこの世であると定義し、究極的には善神が勝つと説く道徳的色彩の濃い宗教となっています。偶像崇拝・火葬・土葬・水葬を禁じ、善神を象徴する聖火を拝して、死体は塔上に放置して鳥葬にするのが習わしです。南北朝時代の中国に伝来して、拝火教または「けん教」と呼ばれました。現在インド西海岸に住む約10万の同教徒はパールシーと称されています。マズダ教とも言われ、開祖ゾロアスターは紀元前583年頃に77歳で没しました。

ソロモン

 旧約聖書中の人物で、ダビデの妻バテシバの息子、イスラエルの王です(サムエル下12章24節)。ダビデはソロモンを王とし(列王上1章11〜53節)神の道を歩むように命じています(列王上2章1〜9節)。神は彼に聞き分ける心を与えると約束し(列王上3章5〜15節)、2人の女の間を裁き、どちらが本当の母親かを言い当てています(列王上3章16〜28節)。また、箴言と歌を残し(列王上4章32節)、神殿を建て(列王上6章、7章13〜51節)、神殿を奉献しました(列王上8章)。シバの女王の訪れを受けています(列王上10章1〜13節)。禁じられたにもかかわらず、外国の女と結婚し、その妻たちは彼の心を転じて偽りの神々に従わせ(列王上11章1〜8節)、それゆえに神はソロモンに対し怒っています(列王上11章9〜13節)。

 40年間イスラエルを統治した後にダビデの町に葬られ、息子レハベアムが王となります(列王上11章43節)。ダビデはソロモンの輝かしい統治を預言していました(詩篇72篇)。ソロモンは多くの妻とそばめを得ましたが、その中のある者たちは神から与えられたものではありませんでした(ヤコブ2章24節)。



inserted by FC2 system