1998年8月21日



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2000/6/28 UP


 1998年8月21日(日本時間未明)、突然アメリカは、アフガニスタンとスーダンに巡航ミサイル「トマホーク」を打ち込みました。紅海とアラビア海上に出動していたアメリカ艦船から75〜100発のトマホークが発射され、アフガニスタンのジャララバード近郊とカブール南東のホースト、スーダンのハルーム市内のアル・シファ製薬工場が壊滅しました。このアメリカの無通告攻撃は、同年8月7日に発生した、ケニアとタンザニアのアメリカ大使館同時爆破事件への報復活動という発表でした。その結果、スーダンでは数百人がアメリカ大使館に押し寄せ、イラクはイスラムに対する侵略と世界に訴え、22ヶ国のアラブ連盟も、アメリカの行動を非難する状況となっています。

 比較的アメリカよりだったエジプトでさえ、報復でイスラム諸国に対向するアメリカに対して幻滅し、中東のイスラム全体にも反米感情が湧きあがってしまいます。それだけでなく、公然とアメリカの中東追い出し作戦が語られるようになり、イスラム諸国全体が団結する動きが出始めました。つまり、アメリカの一方的なミサイル攻撃で、イスラム原利主義による「聖戦(ジハード)」の理念が、一挙に勢力を得て燃え上がってきました。さらに、ミサイル攻撃による波紋はロシアにも波及して、アメリカの突然の攻撃に対して一切の事前通告がなかったことを表明しています。テロに反対する立場の中国も、アメリカ一国の対テロ戦略に対して厳しく非難を行っています。こうしてアメリカの唐突な攻撃は、中東でのアメリカ支持を一挙に喪失させることになりました。

 それにしても攻撃がなぜ8月21日だったのかの具体的な説明は、一切アメリカ政府が明らかにしないのかが不思議です。一応の名目はその日に、アメリカが最大のテロ支援者と決め付けた「ビン・ラディン」が、仲間を率いてアフガニスタンの訓練施設に終結する情報がはいったからとされていますが、それたけで事前通告も無しに他国にミサイルを打ち込むのでしょうか?。しかしここでアメリカの「ある発言」が世界統一政府への足がかりになっていると見られています。

 ハミルトン米下院議員が、「我々はテロとの戦争という、新たな未知への領域に足を踏み入れた」と発言していますが、その未知への領域という意味が、アメリカが一個人と、あるいは私的な軍隊と戦争する可能性を示唆しているということです。アメリカはそれを「新世紀型の世界戦略」と言いますが、その内容は、


たとえ一個人であれ、アメリカに逆らえば必ず殺すということです。


 つまり、グローバル化するテロリストと戦うためなら、たとえ第三国の領土を攻撃してもかまわないとする新しいアメリカの戦略です。それは、


これからのアメリカの世界戦略の中には、国の概念など存在しないことを述べているにすぎない


 ことを示しています。たとえそれが明確に述べられていないとしても、第一歩であることには間違いはないでしょう。冒頭の日付が何を意味するのかと言うと、


アメリカ一国が全てを判断し、全てを決定する世界戦略の開始の日が、
1998年8月21日であるということです。


 更に言えば、これからのアメリカ軍はたとえ個人の殺害であっても、アメリカ全軍をあげて乗り出す新戦略の段階に入ったと言えます。要は、アメリカに逆らえば殺されるという、世界的恐怖政治への扉が開かれたのであり、世界統一政府樹立のパンドラの箱が開いたことになりました。よって、クリントン大統領のスキャンダル隠しが、8月21日のミサイル攻撃が原因とする憶測は全くの的外れということになります。不倫疑惑が流されたタイミングにしても、あまりに出来すぎており、アメリカの世界戦略への意図や矛先を、ただの不倫騒動で覆い隠す目的と共に、大統領の地位を危うくし、言うことを聞かすための脅迫と見る方が正しいと考えられます。結果、影の圧力に負けた大統領は言うことを聞くことになり、その見返りとして大統領地位をかろうじて保つことになったと見られています。

 まるで全米の国民に対して、大統領の行動を容認させる準備の意味があったかのようにも見えます。もしそうであれば、8月21日のミサイル攻撃はシークレット・ガバメントの計画で定められていた、動かすことの出来ない「要の日」だったことになります。後はそこから何が出てくるのかですが、パンドラの箱から出てくるのは、昔から「怪物」と相場は決まっています。



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