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2004/ 5/ 5  序文追加・改訂
2001/ 4/14  序文追加


 預言者エレミヤが書いたもので(歴代志下35章25節)、エルサレムユダ王国およびイスラエルの部族の滅亡を嘆く詩と歌が集まったものです。
 哀歌はエルサレムが滅ぼされた後の紀元前586年頃に書かれたとされています。



 長い間、哀歌はエレミヤが書いたと伝えられてきましたが、現代の批評家の中には、そのすべてをエレミヤが書いたという点について、違う意見を持っている人もいます。聖書学者のカイルとデリッチは、哀歌のエレミヤ作説に対する反論を広範囲に考証した後で、次のように述べています。

「哀歌の書き手を預言者エレミヤとする口伝えが、他の伝承以上に十分に根拠があることを証明し、ここでこの調査を終える。」

 哀歌の作者は、バビロニア人に略奪されたユダの民の痛ましい状況を知らせるためにこれを書いています。彼は廃墟と化したエルサレムを、夫をなくした婦人にたとえました。


すべての「愛する者(彼女が拝んだ偽りの神々)」は、背いて敵となった(1章2〜3節)。それは皆、ユダの罪悪のせいであった(1章5〜8節)。主さえも、艱難のときに彼女を見捨てられた。敵は「その滅びをあざ笑った(1章7節)」。


 ヘブライ語の哀歌の冒頭に出てくる「エーカー」という言葉は、「ああ、・・・」と訳されており、古代ユダでは亡くなった友や親類に哀悼歌を作って送る習慣がありました。エレミヤはこれと同じことを愛するエルサレムに対して、哀悼の歌、「哀歌」を作りました。第1章10節と11節の「財宝」には、敵が神殿から奪った貴重な器も含まれています。残されたわずかな宝物は、民衆を襲った飢えや貧苦を軽減するために売られました。



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